第六幕 ブラックボックス④

「健生殿ぉ!」

 

 これは、護の声か。

 こんな自分の姿を見て、気持ち悪いとでも言いたいのだろうか。

 

「健生殿、拙者覚えていますぞ! 初めて会ったときのことを! あのとき、握手してくださいましたな!」

 

 そういえば、そんなこともあったか。だが、そんなこと、今はささいなことだ。

 

「あのときのように握手しましょうよ! その手でもいいから! だから、何か言ってくだされ、健生殿ぉ‼」


 …………。


「健生君、お友達が言うてくれとるで! 何か言ってやりや!」


 これは、市原さんか。でも、俺に嘘ついてた人達だったな。


「健生、しっかりしろォ!」

 

 次から次へと、うるさいなあ。


 触手を増やして攻撃しようとするが、古賀が何とかそれを押しとどめる。


「まったく、意外と厄介なんだね君は……! 私たちを裏切らないって言って、変わってる子だなとは思ってたけどさあ!」

 

 古賀さんも、何を分かったように。

 

「俺ら、嬉しかったんやで! 裏切らへんって言うてくれて‼」

「お前は誰に対しても礼儀正しくて、優しかったよなァ、健生! そんなお前だから、ここまで体張るんだぜェ‼」

 

 古賀に加えて、恋羽の応急処置を終えた桂木が触手を止めにかかる。

 

「ちょっとちょっと、先輩は予定外でしょ!」

「んなこと言ってられっかァ! 今体張らねェでどうすんだァ、古賀‼」

「そりゃそうだ……!」

 

 みんな、何をしているんだ。さっさと逃げれば良いものを……。


「ねえ、健生様」

 

 やめろ、やめてくれ!

 

「大事なご家族も、貴方を待っているんですよ」

 

「健生、聞こえるか⁉」

「健生‼」


 聞こえたのは、父親の一誠(いっせい)と、母親の笑美(えみ)の声。

 何でここにいる?

 

「フフフフフ、サプライズですよお、健生君‼」

 

 ああ、山下さんか。余計なことをしてくれた。

 今、一番会いたくなかったのに!


「健生、話、聞いたんだってな! ちゃんと話してやれなくてごめんな‼」

「うるさい‼」

 

 触手を勢いよく伸ばし、両親に向ける。どこかに吹き飛んでしまえ!

 

 そう思ったのに。

 

 触手は、両親の眼前で止まってしまう。何で動かない⁉


「ねえ、健生……。私たち、血は繋がっていないかもしれないわ。それでも、今まで過ごした時間は本当でしょう?」

「俺のこと監視してたんでしょ……!」

「最初はそうだったわ! でもね、あのとき……あなたに初めて会ったとき、あなたのことがたまらなく愛おしくなったのよ!」

「健生は覚えていないだろうけど……初めて会ったとき、僕たちを『お父さんと、お母さん?』って、聞いてきたんだぞ!」

「『そうよ』って答えたわ! あのとき、私たちは家族になったのよ!」

 

 口だけでは何とでも言えるはずだ。なのに、なんだこの感情は!


「あなたの名前は、『健やかに生きる』と書いて健生よ! あなたがもう、残酷な目に遭わないようにって、願いを込めてつけたのよ‼」


 名前。


 うごめいていた触手の動きがぴたりと止まる。

 一に安直だと言われたこの名前。安直だって構うものか。

 この名前には、両親の愛情と願いが込められている!


 そこから引き出しが開くように、今までの記憶が蘇ってきた。

 記憶のない自分を抱きしめながら泣いていた両親。辛いリハビリ生活を支えてくれた両親。学校で友達ができなかったと泣きじゃくる自分を優しく慰めてくれた両親。友達ができた、と一を連れて帰ったら、涙を流して喜んでいた両親。

 どれも嘘なんかじゃない。全部本当にあったことだ!


 「ああああああ‼」

 

 叫び声をあげる。言うことを聞け、言うことを聞け、俺の体!


 健生の叫び声が聞こえると、触手が肉塊へ戻っていく。触手を抑えていた古賀と桂木は、体力と気力が切れたのか地面に倒れ込んだ。

 触手が肉塊に戻っていくと同時に、肉塊も元の腕の形に徐々に戻っていく。中から、手をつないだ健生と柳が現れた。

 

「柳さん……」

「はい、健生様」

「また、助けられちゃった……」

 

 ありがとう、その言葉を皮切りに、健生は子どもみたいに泣きじゃくった。こんなところ、本当は誰にも見られたくない。だけれど、今はどうしようもなく泣きたい気分だった。


 

傷もつ僕ら 第一部 完


第一部 登場人物まとめ

(第一部読了後の閲覧をお勧めします)


・冨楽健生(ふらくけんせい)

 主人公。17歳の高校二年生男子。心優しい性格。幼少期に超能力研究の実験体として体を斬り刻まれたことで、全身がツギハギまみれになっている。第一幕ユウカイにて、柳に助けられたことにより彼女に片思いをしている。超能力は体の細胞を自在に操る『細胞操作』。


・柳幸(やなぎさち)

 ヒロイン。17歳の高校二年生。髪は長い烏の濡れ羽色。肌は白く顔立ちも美しいが、無表情で人間味を感じない少女。超常警察に所属している。超能力は、自分の姿や触れた物を透明にする『透明化』。健生と関わることで徐々に人間性を取り戻していく。


・犬塚一(いぬづかはじめ)

 健生の中学生以来の友人……の皮をかぶったスパイ。第六幕ブラックボックスにて、健生に出生の謎と自身の正体を明かして彼の精神を揺さぶり、彼の超能力を暴走させた。健生を暴走させた後は姿をくらます。


・秋葉護(あきばまもる)

 健生の高校からの友人で、オタク気質。「~ですぞ」という独特な口調をしている。友達思いの熱い男で、超能力を暴走させた健生にも怯むことなく話しかける胆力を持つ。市原の超能力が効かなかったようだが……?

 

・転法輪恋羽(てんほうりんこはね)

 出生者全員が超能力者の家系、転法輪家の末っ子。だが、彼女自身は妾の子どもであるため無能力者。超能力を持つ健生と関係を持とうと彼に交際を申し込んだ。だが、転法輪の部隊を無断で動かしたと冤罪をかけられ、転法輪家から勘当される。

 

・市原輝明(いちはらてるあき)

 超常警察に所属する27歳男性。健生の学校に教員として潜入している。少し長めの髪を後ろで一つくくりにしてなびかせた、細目の狐顔。第一班の指示役でもある。超能力は自分や周囲の物、音を外部から隠す『演幕』。桂木、彩川とは孤児院からの付き合い。


・桂木晴人(かつらぎはると)

 超常警察所属の25歳男性。愛想のない目つき、短い金髪がトレードマーク。体をよく鍛えており、大柄な体つきをしている。健生の学校に用務員として潜入した。超能力は体が異常なまでに頑丈である『頑丈』。市原、彩川とは孤児院からの付き合い。


・古賀葵(こがあおい)

 超常警察所属の24歳女性。ぶかぶかのベンチコートを着た、黒髪ショートボブの小柄な女性。上着の中身はお菓子。目つきはきりっとしている。意外と好戦的な性格。健生の学校に教育実習生として潜入した。超能力は全身の傷から茨を出す『茨』。


・山下心路(やましたしんじ)

 超常警察所属の男性。年齢不詳。手品師のような恰好と白い仮面がトレードマーク。第一班の後方支援組であり、運転係でもある。「フフフフフ!」という笑いが口癖。超能力は顔を自在に変える『人相』。だが、気を抜くと顔がぐちゃぐちゃになってしまうらしい。


・晶洞羅輝(しょうどうらき)

 超常警察所属の27歳女性。普段はサングラスにマスク、トレンチコートを羽織っているが、本人はなるべく肉体美を見せびらかしたいらしい。長髪をなびかせたスレンダーな美女。健生の師匠役となる。超能力は全身を美しい結晶に変える『結晶化』。


・若松冬樹(わかまつふゆき)

 超常警察所属の16歳男子。フードを深くかぶったギザギザ歯の少年。不愛想な性格だが、健生のことは気に入った様子。ハッキングや電子機器に強く、後方支援を担当しているホワイトハッカー。超能力を持っていない無能力者。

 

・彩川青葉(さいかわあおば)

 超常警察所属の25歳男性。体の色素が薄く、白い肌に白髪に近い銀髪をした儚げな雰囲気を持つ好青年。超能力は肉眼で見た相手の感情や思考を色で視認する『視覚エンパス』。普段はゴーグルをつけている。古賀葵に片思い中。市原、桂木とは孤児院からの付き合い。


・新田知也(にったともや)

 超常警察所属の35歳男性。髪の毛が実験に失敗した博士のようにちりぢりになってしまっている、丸眼鏡の男性。自信なさげだが、気配りできる心優しい性格。超能力は全身から炎を放つ『人体発火』。副作用として、精神の乱れで能力が暴発してしまう。


・吉良美麗(きらみれい)

 超常警察所属の34歳女性。髪をポニーテールでまとめた垂れ目の女性。顔立ち、スタイル、雰囲気の全てが非常に美しく艶やか。元気で時折テンションが高い。超能力は自分を見た相手に一時的に言うことを聞いてもらうことができる『魅了』。


・転法輪龍飛(てんほうりんりゅうひ)

 転法輪家の長男。恋羽に勘当を言い渡した。詳細は不明。


・冨楽笑美(ふらくえみ)

 健生の義理の母親。おおらかでテンションが高い。


・冨楽一誠(ふらくいっせい)

 健生の義理の父親。穏やかで息子想い。


・三筋金治(みすじきんじ)

 健生のクラスの担任。三十代の熱血教師で、趣味は筋トレ。時折鍛え上げた筋肉を披露するようなポーズをとることで有名。そんな特徴もあって、生徒からはきんティーと呼ばれ親しまれている。

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