第六幕 ブラックボックス②

「はい、おしまい!」

「嘘だろ、今の話……」

「嘘じゃないよ。現に、僕は拳銃を持っているし、あの人込みを能力で避けてこれたし、目の前の女は死にそうだしね」

 

 健生は、腕の中で血を流し続ける恋羽を見る。赤い血。

 健生は、頭がじくじくと痛む感覚を感じていた。

 

「どう? 自分の周りが全部嘘で塗り固められた世界って知った気分は? お前の親は本当の親じゃないし、警察の奴らも全員、この事情を知ってたよ」

「は……?」

「悲しいねえ。自分を守ってくれてた人達が、自分に嘘ついてたんだよ? 健生?」

「そんな……そんなこと」

「あるんだよ。何なら聞いてみれば?」

「…………」

「つらいねえ。悲しいねえ。むかつくねえ、健生」

「やめろ……」

「むかついて、頭がおかしくなりそうだねえ、健生」

「やめろお‼」


 ぶわあああ

 

 怒りがあふれ出した。

 

 同時に健生の腕が膨張し、ただの肉の塊のようになる。肉の塊はどんどん膨れ上がり、恋羽まで取り込もうとした、そのときだ。

 

「健生様っ‼」

 

 すんでのところで柳が恋羽を突き飛ばし、恋羽の身代わりとなって取り込まれていく。突き飛ばされた恋羽を、続けて到着した桂木が受け止める。


「柳っ! くそ……っ!」

 

 膨張し続ける肉を見て危険だと判断したのか、桂木は恋羽を抱きしめ、窓ガラスを突き破って外に避難する。飛び降りた先は運動場だ。教員や生徒たちの避難は終わり、第一班の隊員たちが転法輪の部隊と対峙していた。


「! 晴人、状況は⁉」

「最悪だ! 健生が能力出ちまったァ! 柳も取り込まれた!」

「なんやて⁉ しかもその子大けがやないか⁉」

 

 あははははははは‼


 笑い声を聞いて隊員たちが上を見上げると、そこには犬歯をにやっと覗かせた一がいた。

 

「どうだい、超常警察のみなさん‼ 良い訓練になったんじゃない⁉」

「犬塚一……!」

「あいつには事情全部話しといたよ! 僕はそろそろおいとまするけど、あの化け物を何とかできるかな? それじゃあ、またね!」

「化け物……?」

 

 古賀がその言葉に素早く反応し、一が顔をのぞかせた付近に注意を向ける。そこには、窓からでも見えるほど膨張した肉の丸い塊が、こちらに飛び出そうとしていた。

 

「イッチ―先輩、演幕出して!」

「全く、戦闘になったらピカイチやな古賀ちゃん……!」

「待て!」

 

 古賀を足止めしようとする戦闘員の前に、山下が運転する車が立ちふさがる。

 

「とおせんぼですよお、フフフフフ‼」

「この野郎!」

 

 男は発砲するが、そんなことで怯む山下ではない。

 

「逃げないと危ないですよ、フフフフフ‼」

 

 山下は車を華麗に運転し、運動場を荒らしていく。

 うわああ、と男たちは逃げ惑うこととなった。


 パリィン‼

 

 ドシィン‼

 

 運動場に団子状の肉塊が落ちてくる。その肉塊は地面に着くと、触手のように鋭く骨や肉を露出させてきた。その攻撃の前には、古賀が立ちはだかる。


「行かせない……!」

 

 古賀はそういってコートを脱ぎ捨てる。


「オラァ!」

 

 気合とともに彼女の傷から出てきたのは、無数の茨。太さも鋭さも申し分ない茨が、肉塊の攻撃を全て受け止める。

 攻撃を受け止められた肉塊は、邪魔するなとでも言うように更に触手を出した。それを同じく、更に茨を出すことで古賀は受け止める。

 

「くそっ……」

 

 しかし、彼女の体は茨を出すごとに傷が増え、出血も増えていく。少なくとも、肉塊より長く保つことはないだろう。

 そして肉塊と古賀の戦闘を隠すように、市原が演幕の能力を使用する。それでも、肉塊の姿が一瞬見えてしまったのだろう。転法輪の部隊は混乱に陥る。

 

 なんだあれは!

 気持ち悪い!

 化け物だ!

 

 任務外の危険はごめんだ、というように、部隊は撤退していく。これは第一班の班員にとってはありがたいことだ。

 

「これで健生の方に集中できるなァ……俺はコイツの手当を!」

「本部への報告はできたんか⁉」

「先ほど! わたくしはあの方々をお連れしてきます! フフフフフ!」

「頼んます!」

 

 集中する問題が一つに絞られたことで、班がようやく本来の形で回り始める。これから本部の応援が来るまで、古賀を保たせなければならない。

 

「健生君……しっかりしてくれや……!」

 

「健生殿……?」

 

 つぶやいた市原の後ろから、絶望したような声が聞こえる。その声に、市原は聞き覚えがあった。何でここにいる?

 そこには、避難したはずの秋葉護が呆然と立ち尽くしていた。

 

「これが、健生殿なのですか……?」

「これがって……何で見えとるん……?」

「そんなことはどうでもいい! これが健生殿なのですか⁉」

「護君……」

 

 護は一歩踏み出し、健生に向かって声を荒げる。

 

「健生殿ぉ!」

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