第五幕 ボーイ・ミーツ・ガール

第五幕 ボーイ・ミーツ・ガール①

 バァン!

 ガガガガガガ‼ 

 ドォン!

 

 朝。清々しい朝。雲一つない空に、銃声と衝撃音が響き渡る。

 

「今度はマシンガン⁉」

「健生、頭下げろォ!」

「あいつらなんやねん! 俺がおらんかったら大事になっとるで⁉」


 柳と桂木が健生を庇い、市原と古賀が車の上に乗って対応する。

 先日の襲撃事件もあり、警護付きで登校することになった健生だったが、朝っぱらからこんな調子である。

 

「イッチ―先輩、もう私が突撃して止めちゃいましょうよ、健生君遅刻しちゃう」

「できれば分断されとうないんやけどなあ……しゃあない、行って。そんで確保したら引き渡しができるよう、晴人は本部に連絡を。俺らも学校行かなアカンから」

「了解っス」

 

 とうとう古賀が突撃するようだ。すぐさま以前のような『ぎゃああ!』という叫び声が聞こえた後、静かになる。


「フフフフフ! さすが古賀さん、お強いですねえ!」

「あ~、朝からほんま疲れた……」

「相手も見境なくなってきたなァ」

「疲れた……本当に疲れた……」

 

 隊員たちより疲れているのは間違いなく健生だろう。マシンガンの銃声など、映画の中でしか聞いたことがない。げっそりとした顔をしていると、相変わらず無表情の柳が声をかける。

 

「健生様は私たちがお守りしますので、ご安心ください」

「ありがとう……柳さんも怪我しないでね」

 

 そう言うと柳はきょとん、とした目つきになる。彼女は人の感情というものに鈍感らしい。

 健生も、隊員たちを信頼していないわけではない。むしろ、彼女らがいなかったら、今頃自分は解剖済みだ。それでも安心できないのは、まるで映画やアニメのような非日常に自分が放り込まれたからだろう。そろそろ熱でも出てしまいそうだ。


「おお、健生殿!」

「おはよう、健生……やっぱりそいつはいるんだね」

 

 学校に着いたのは始業ぎりぎりの時間だった。健生を護と一が出迎える。一は相変わらず柳に対して厳しい。護の笑顔が頼もしく見える。

 

「おはよう、二人とも」

「健生、何だか疲れてない? そいつに何かされたんじゃ」

「違う違う、むしろ柳さんは俺のこと守ってくれたよ……」

「……あっそ」

 

 そろそろ一の態度も軟化してほしいのだが、どうしたものか。

 う~ん、と悩んでいたそのとき、教室のドアが「バァン!」と勢いよく開かれた。教室にいた全員が思わず音の方向を見る。柳ですら身構え、健生の前に立つくらいだ。

 だが、そこにいたのは可愛らしい少女だった。ふわふわとした長髪をツインテールにしているが、それでも髪先は床につきそうだ。瞳はくるっとしつつもきりっと釣り目気味。柳とは対照的に、活力に溢れた少女である。

 少女は教室内をくるっと見渡すと、大きな声で問いかける。

 

「一年二組の転法輪恋羽(てんほうりんこはね)と申しますわ! 冨楽健生先輩はどこにいらっしゃって?」

「えっと、俺だけど……」

 

 健生は一歩前に進み出る(柳も隣に控えている)。すると少女、転法輪はとんでもないことを健生に頼み込んだ。

 

「今日はお願いがあって参りましたの! 冨楽健生先輩、わたくしとお付き合いしてくださらない?」

 

 次の瞬間、教室中に激震。

 クラスメイトたちが固まり、二人の行く末を奇異の視線で見つめている。正直、居心地が悪い。

 健生はこめかみをひくひくさせながら彼女に問う。


「えっと……転法輪さん?」

「はい!」

「俺たち初対面だよね……?」

「そうですわね!」

「なのに告白してきたの……?」

「そうですわ!」

 

 なんだこの天然危険少女は。話が通じない。

 

「冨楽健生先輩、お付き合いくださいませ!」

「だからちょっと待って⁉ 話をしよう⁉」


「おはよう、生徒諸君‼ ん?なんだこの騒ぎは?みんな、席につこう!」


 涙目になっていた健生を救ったのは我らがきんティーだ。さすがに担任に言われると落ち着いたのか、クラスメイト達はそれぞれの席に戻っていった。転法輪も仕方がない、という表情になり、健生にこう言い残す。


「またお昼休憩に改めてお話しましょう。屋上に来てくださいませ!」

 

 そこからがまた凄かった。彼女は素早い動きで廊下を移動し、階段を飛び降りていった。なかなかの身体能力を持っているようだ。

 

「なんだったんだ、一体……」

 

 またもやどっと疲れてしまった。とりあえず、問題を昼休憩まで先延ばしにすることはできたが、何も解決していない。

 

「健生様」

 

 席に着く前、柳が健生に話しかける。

 

「お昼休憩ですが、私も同行いたします。桂木さんなどにも来ていただきますので、ご了承ください」

「どういう状況になるの、それ……」

 

 というか、柳が同行しているのであれば、柳を理由に彼女の告白を断れない。

 

(どうやって断ろう……)

 

 その後の授業はただでさえ内容が分からないのに、まったく集中なんてできなかった。いつも長く感じる授業がさらに長く感じる。食欲まで失せてきた。怒涛の非日常に、体が悲鳴を上げ始めている証拠だった。



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