第四幕 トレーニング⑤

 新田に案内されたのは、ソファや自動販売機が備えられている休憩室だった。今は誰もいないらしく、新田と二人きりになる。


「け、健生君、コーヒーとか飲めますか……?」

「あ、飲めます」

 

 そう言うと、新田は慣れた手つきでコーヒーを購入し、健生に手渡す。


「なな、何もないのはあれですから、どうぞ……」

「ああ、ありがとうございます、新田さん」

 

 笑顔で受け取ると、新田は健生を拝み倒す。


「い、いい子だあ……今時いない絶滅危惧種だあ……」

 

 そんなことはないと思うが。

 

 こんなやり取りをしながら、二人で向かい合ってソファに座る。

 新田はどこか所在なさそうに缶コーヒーで手を温めているが、健生にはどうしようもない。というのも、晶洞から詳細を何も聞いていないのだ。かといって、無言なのもどうかと思う。そう思って新田に話しかけようとしたときだった。


「もっ、申し訳ありません!」

「いや、どうしたんですか急に⁉」

 

 全力で深くお辞儀をされた。別に謝罪されるようなことはされていない。


「い、いえ……その……」

 

 新田は視線を泳がせながらこう言う。


「初対面であんなに驚かせてしまって……」

「ああ、それは……」

 

 正直驚いた、というのは事実だったので何も言えない。

 そう思っていると、新田は話を切り出す。


「きょ、今日晶洞さんに頼まれたのは、能力の制御と、副作用についてお話することなんです……」

「え……」

「健生君、失礼を承知でお聞きします。能力の制御が難しいそうですね?」

 

 新田に聞かれ、健生は口ごもりながらも答える。

 

「そう、です……昨日なんて、何もできませんでした……」

 

 自分で言っててみじめになる。少しうつむいてしまうと、新田は慌てた様子で手を振る。

 

「ああ、待ってください! 責めているわけではなくてですね、その、私も能力の制御が苦手なんです……!」

「新田さんも?」

 

 隊員の人達は、みんなばっちり能力を扱えると思っていた。

 

 思ったことが顔に出ていたのだろう、新田は恥ずかしそうに顔を掻く。


「は、はい……。能力の副作用で、精神的に乱れると能力が暴発してしまうんです……」

 

 さっきの一連の出来事は、そういうことだったのか。


 新田は缶コーヒーを一口飲む。

 

「こ、ここで健生君の能力の副作用の話になります……。昨日、晶洞さんとお話して、健生君の副作用も、私と同じような……精神の乱れによる暴発じゃないかという結論になりました……心当たりはありませんか?」

「……あります」

 

 現に、昨日は能力が勝手に出てきた。自分で出そうとしても出せなかったのに。

 

「……むしろ、副作用があった方が能力が出てきていいかも、なんて」

「そんなことはありませんよ」

 

 口をついて出てしまった言葉を、新田は静かに収める。


「そそ、それは、きっととても苦しい道です。そんな苦しい思いをしなくていいんです」

 

 少しの沈黙の後、新田は話し始める。


「私は、前職でもいろいろ上手くいかなくて……ストレスばかりの毎日でした。それでも何とか耐えてやっていたんですが、能力が発現してしまって……」

「……そう、なんですか」

 

 健生には何も言えない。健生はまだ学生で、子どもだ。大人の世界について、彼が言えることは何もない。

 

「超常警察に入った後でも、なかなか能力の制御はできず、副作用も頻繁に出ています。最初は焦りましたし、これ以上過去と向き合わなくてもいいんじゃないか、なんて思ったこともあります……でもね、」

 

 健生君、と彼は優しい声で語り掛ける。


「ここには、柳さんも、晶洞さんも、護衛の皆さんもいるんです。君を支えてくれる人達が。わわ、私みたいに、その人たちの力を借りながら、少しずつ、本当に少しずつ、自分と、能力に向き合っていけばいいと思いますよ」

「っ!」

 

 自分の心を見透かされたようだった。いや、違う。新田も通った道だったのだ。


「自分がみじめになることも、自分の無力さが嫌になることもあると思います。それでもいいんです。今を大切にして。その経験も力に変えて、君なら前を向けると思いますよ」


 コツは、焦らず、のんびりと、ですね。

 

 そう言って新田ははにかむ。


「新田さん……」

「は、はい。何でしょう?」

「少し、お話聞いてもらってもいいですか……?」

 

 健生は、誘拐事件で経験したこと、能力が発現したときの恐怖、そして柳に助けられたこと……能力を発現しようとしてもできないこと……いろんなことについて話した。さすがに、柳が好きということは話さなかったが。

 新田は静かに、うんうん、と頷きながら話を聞いてくれた。

 

「俺、無力だし、自分と向き合うこともできてないんだなって思ってました」

 

 でも。と健生は付け加える。

 

「周りの人に頼りながら、ゆっくりやっていけばいいんですね」

 

 健生の穏やかな答えに、新田は笑顔で返す。

 健生の手は、缶コーヒーですっかり温かくなっていた。


 あとで晶洞さんにもお礼を言わなきゃな。


 その後のトレーニングでも、健生の能力が発現することはなかった。それと同時に、能力が勝手に暴発することもなくなった。

 ゆっくりやっていこう。いつか、柳を守れるように。

 健生はそう心に誓うのだった。

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