第四幕 トレーニング④

 次の日。どことなく、心ここにあらずといった様子で一日を過ごした健生(一は柳が何かしたのではないかとイライラしていた)。彼は下校後、当初の予定通りトレーニングルームで晶洞と会っていた。

 てっきり、トレーニングをすると思っていた健生だったが、晶洞から出た言葉は意外なものだった。


「健生君。君に会って欲しい人がいます。後方支援組の部屋に行きましょう」

「え……トレーニングはいいんですか? 昨日だって、何も……」


 健生の言葉に、晶洞はむっとした様子で返す。

 

「これだって立派なトレーニングです。後悔はさせませんよ」

 

 晶洞は嫌そうにトレンチコートを羽織り、サングラスとマスクをつける。

 

「それでは、行きましょうか」



 晶洞の先導で、健生は後方支援組、彩川や若松、山下がいる部屋へとやってきた。彼らは一つのオフィスで仕事をこなしているらしく、大きな部屋の前に健生は立っている。


「ここが後方支援組の部屋です」

 

 晶洞はそう言ってドアをノックしようとした。

 それと同時に、勢いよくドアがバン!と開かれる。


「ああああもうだめだああああああ‼」


 聞こえてきた声にびくっと肩を震わせると、中から人……が走ってきた。

 ……全身発火している、男性が。


「えええええ⁉」

 

 人体発火現象⁉と健生が驚いていると、男性は廊下でのたうちまわる。


「こここ、こんな私はもうだめですぅ……! ダメ人間ですぅ!」


 男性が自己嫌悪に陥っていると(心なしか、自己嫌悪に比例して炎の勢いが強くなっている)、今度は女性が室内から飛び出てきた。


「大丈夫よ新田さん! 深呼吸して、ほら、大丈夫!」

 

 この女性がまた麗しかった。髪をポニーテールでまとめているが、それでも長い髪は背中まで垂れている。たれ目の瞳は、お茶目さと色気を兼ね備えていた。顔立ち、スタイル、雰囲気の全てが非常に美しく、艶やかだ。

 女性がなだめることで、男性の炎の勢いが徐々に弱まっていく。

 炎が収まると、髪の毛が実験に失敗した博士のようにちりぢりになってしまっている、丸眼鏡の男性が転がっていた。


 男性はしばらくぼーっとしていたが、はっと気づいたように土下座の姿勢になる。


「わわわ、私はまたなんてことを……! 皆様、申し訳ありません申し訳ありません! 吉良さんも、お手数をおかけして申し訳ありません!」

「大丈夫よ、新田さん! 気にしちゃいけないわ!」

 

 一体何を見せられているんだ……と唖然としていると、今度は室内から消火器を抱えた彩川が出てくる。

 

「今回は書類も無事でしたし、気にしないでください……って、晶洞さんと健生君?」

「ええっ⁉ 羅輝ちゃん⁉」

 

 晶洞の名前に反応したのは、吉良と呼ばれた女性だ。

 

「羅輝ちゃん~! 来てくれたのね、嬉しいわ~!」


 そう言って晶洞に抱き着く。晶洞はいや~と言わんばかりに彼女を引きはがそうとする。


「ちょっと! やめてください吉良さん!」

「名前が似ている者同士仲良くしましょうよ~!」

「羅輝は名前ですし、吉良さんは苗字でしょう⁉ 暑苦しい!」

「まあ、トレンチコートにマスクとサングラスじゃあねえ……」

「好きでこんな格好してるわけじゃないんだあ!」

 

 晶洞は叫びながらマスクとサングラスをぽい!する。

 

「でも、いつどこでどこが結晶化するか分からないから、外ではこれつけてろって班長に言われてるんですう……!」

 

 なかなか苦労が多いらしい。いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて。

 

「えっと、俺は何を見せられてるんですかね……」

 

 思わず本音が出てしまう。健生の言葉に、晶洞が気を取り直したようにトレンチコートのポケットに手を突っ込む。


「えー、コホン! 健生君、ご紹介します。彩川さんは……知ってますね。こちら、後方支援組の吉良美麗(きらみれい)さんと、新田知也(にったともや)さんです」


 晶洞の紹介に、二人が健生の方を向く。

 

「はじめまして、貴方が健生君ね! 吉良美麗でえす。能力は魅了……私を見た相手に、一時的に言うことを聞いてもらうことができるの! よろしくねえ」

「ににに、新田知也です……! 能力は人体発火です……ですがろくに扱うこともできず……! も、申し訳ありません申し訳ありません!」

「ふ、冨楽健生です……よろしくお願いします」


 二人のキャラの濃さに気圧されながら、健生も自己紹介を返した。

 互いの自己紹介が済んだのを見て、晶洞が話を切り出す。


「さて、健生君。今回ご紹介しようと思ったのは新田さんのことです。お話を聞いたら、参考になることもあると思います。新田さんも、昨日お話したように、お願いしてもいいですか?」

「もも、もちろんです! わわわ、わた、私なんかでよろしければ……! ああ、でも、その前に少し片づけを……!」


 少々お待ちください!と新田と吉良は室内に戻っていく。彩川も消火器を片付けにその場を離れた。

 

「あの、晶洞さん……」

「なんですか、健生君」

「新田さんとの話っていったい何ですか?」

 

 正直、一連の流れを見ると……失礼だが、どこか頼りない。

 そんな思いを思わず吐露すると、晶洞はふふん、と胸を張る。

 

「私の人選に間違いはありません! 今日のトレーニングは新田さんとお話してくること。いいですね?」

 

 では、と晶洞は健生を置いて去っていく。


「いや、ちょっと晶洞さん……⁉」

「お、お待たせしました……!」

 

 慌てて晶洞に声をかけるが、そのときにはもう遅い。

 既に新田は片付けを終え、健生の目の前に来ていた。


「こ、ここではなんですから、休憩エリアに行きましょうか……?」

 

 慣れない様子で、新田は廊下の奥を指さす。


「分かりました……」

 

 大丈夫だろうか。そんな感想を抱きながら、健生は新田に着いていった。

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