第三幕 シンセイカツ⑨
「は? …………はぁっ⁉」
失礼なのは重々承知だが(失礼なのはどっちだという話だが)、健生は声をあげて尻もちをついてしまう。そして次には両目を手のひらで覆う。こんなのセクハラだ!
「ちょっと、なんですかその反応は!」
全裸の女性も、健生の反応を見て不機嫌そうな声を上げる。ぺたぺた、という足音でこちらに近づいてくるのが分かる。
「せめて、せめて何か着てください!」
「どうしてですか! 人体とはこんなにも美しいのに!」
「公然わいせつだ!」
二人でぎゃあぎゃあ騒いでいると、柳が間を取り持つ。
「晶洞(しょうどう)先輩、服を着てください。健生様も困っておいでです」
その言葉を聞くと「ぐぎぎ……」と言いながらも女性はトレンチコートを羽織ってくれた。助かった、本当に助かった。
女性が服を着たのを確認して目を開く。長髪をなびかせ、すらっとスレンダーな長身。顔も凛々しく美しいが、不機嫌そうな表情で美人が台無しだ。服装は男物のトレンチコートを羽織っているだけらしい。
(まさか、この人が……?)
嫌な予感にこめかみをひくひくさせていると、柳が紹介する。
「健生様、こちら、晶洞羅輝(しょうどうらき)先輩です。これから下校後、この部屋で健生様の能力制御のトレーニングを見てくださいます」
「チェンジで……」
「だからどうしてですか⁉」
「登場シーンが全裸はさすがにキャパオーバーです……」
さすがに警戒心を飲み込み切れなかった。せめて、ちゃんと服を着ている人がいい。そう思っていると、晶洞はふふん、という表情で健生を見る。
「私、これでも能力制御は第一班の中でも随一なんですよ! 能力の系統も人体の変質で、健生君と似ていますし!」
そう言うと、晶洞はもう一度コートをばさぁっ!と脱ぎ捨てる。ボタンがついていることなどおかまいましだ。
「だからそれやめて……って」
健生は目を塞ぎかけたが、視界に映ったきらきらとした違和感にそれをやめる。
コートを脱ぎ捨てた晶洞の体は、全身が美しく、ダイヤモンドのように結晶化していた。まるで、彼女自身が宝石の彫刻のようだ。
「結晶化、これが私の能力です。美しいでしょう? こんなに美しい能力を、肉体美を隠すなんて勿体ないんです! それに健生君、細胞操作の能力なのでしょう? 私も細胞を操作しているようなもの。しっかりとご指導できる自信はあります!」
なんだろう、露出癖は受け入れられないが、彼女の美意識には悔しいが納得するところもあった。それに、能力の系統が似ているというのも本当らしい。
健生がぐうの音も出さずにいると、晶洞はさらに得意そうになる。
「しかもしかも、私これでもけっこう強いんですよ! よければお見せします!」
彼女は健生の反応を待たず、壁のボタンをぽちっと押す。すると、床からカカシのような的がたくさん出てきた。いったいどれだけの技術が詰まっているというのだ。
晶洞は見ていてくださいね!と言うと、すっと格闘の構えを取り、深呼吸する。目をつむる。次の瞬間、見開かれた瞳は結晶化していた。瞳がきらきらと光り、カカシの目元を照らす。目つぶしだ。
彼女は助走をつけると、一つの的に飛び蹴りを喰らわせる。的がばきっと鈍い音を立てて折れた。そこからは怒涛の攻撃。突き、蹴り、掌底、頭突き。一つ一つの動きが、常人では考えられないほどの威力を出す。彼女は全身を輝かせながら、踊るように攻撃を的へ叩き込んでいく。
はっきり言って、美しい。
彼女の言う人体の美とは、このことか。
部屋中がきらびやかに光る。カカシがそれを受けて倒れていく。
中央で踊る晶洞は、間違いなく強く、美しかった。
演舞のような一連の流れをほう……と眺めていると、あっという間に最後の的が折れる。しん……とした静けさが数秒続く。
「……ふう! さて、どうでした健生君!」
次の瞬間には、先ほどまでの晶洞が戻ってきた。
「まあ……綺麗……だったと思います」
認めたくないが。
苦し紛れの健生の言葉も、晶洞にとっては十分だったらしい。得意げにふふん、と鼻を鳴らす。
「そうでしょうそうでしょう! では、明日からのトレーニングも私でいいですね?」
「……よろしく……お願いします」
悔しいが、彼女から学ぶ価値はありそうだ。
こうして健生は、露出癖を持つ、だが最高に美しい師匠を得たのだった。
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