第三幕 シンセイカツ⑦

「ところでイッチ―先輩」

「ん~、どしたん古賀ちゃん」

「後ろからつけてきてる輩はどうします? な~んか嫌な感じするから、武器持ってるかもですよ」


 古賀の言葉に思わずびくっとなる。


 またあんなことが起きるのか。


 健生の頭に蘇るのは、先日の誘拐事件。

 いきなり殴られ、拉致され、馬鹿にされ、危うく解剖されかけた。

 あんな目に合うのはもうごめんだ。

 うつむき、両手の拳をぐっと握る。

 

 その様子を、柳はじっと見つめていた。

 

「え~、もう来たん? これどっかの誰かから情報漏れとんな」

 

 市原は「はあ……」とため息をつくと、全体に指示を出す。

 

「古賀ちゃんは相手が攻撃してきたら迎撃」


 ダン!


 迎撃の指示を出した瞬間、銃撃音。

 全身を強張らせる健生の手に柳が触れて透明化がかかり、桂木は両手を広げて健生を守る態勢に入る。


「やっぱすぐ行って。俺が援護するわ」

「は~い」

 

 市原の指示に間延びした返事を返すと、古賀は後部座席のドアを開け、車の上に飛び乗る。ダン!と荒々しい音が車内に響く。彼女は後続車一台、サングラスをかけた男三人がこちらにむけて発砲しているのと対峙する。


「それじゃイッチ―先輩、『演幕』お願いします!」

「あいよ!」

 

 市原は両手をパァン!と体の前で合わせ、今度は両腕を広げる。健生の乗る車の周囲に、透明だが確かにそこでカーテンのように揺れている何かが現れた。


「こ、これは……?」

 

 健生が聞くと、市原はにやっと笑って答える。

 

「俺の能力、『演幕』や。自分とか、自分の周囲を外から見えんようにできるんよ。音も隠せる優れモンやで!」

 

 そして古賀にこう叫ぶ。


「隠したで、好きに暴れてええで古賀ちゃん!」

「やりぃ! 健生君にいいとこ見せなきゃね!」


 古賀はベンチコートをバサァッ!と脱ぐ(脱いだコートは市原がキャッチした)。彼女の肢体が露わになる。へそ出し服にホットパンツという露出を最大限にしたその肌は、全身に茨のような大きな生傷を抱えている。その傷こそが勲章、とでも言わんばかりに堂々と構えると、彼女は気合を込める。

 

「んじゃ……オラァッ‼」

 

 彼女の生傷から、巨大な茨がぐちょっと生えてくる。その茨たちは、後続車に向けて一直線に向かっていく。


「なんだありゃあ……痛ぇ!」

 

 男が一人、茨に捕まって宙に浮いた。逆さにつられた男はサングラスを落とし、その顔が露わになる。

 

「んん~? 君、見たことない顔だね」

「野郎!」

 

 ダダダダン‼


 仲間が捕まったことが刺激となり、男たちの発砲が鋭くなる。健生は柳とともに伏せていたが、車のガラスはそろそろ限界だ。

 

 パリィン!


 という音とともに、健生の後ろのガラスが弾ける。

 

(危なっ……!)

 

 思わず柳の上に覆いかぶさる。……が、何も起きない。

 あれ?と思い後ろを見ると、桂木がガラスを全て受け止めていた。

 

「か、桂木さん!大丈夫ですか!」

 

 慌てて声をかけるが、返ってきたのは平気そうな声色の返答だった。

 

「銃弾やガラスくらいじゃ傷もつかねェよ‼ 俺の能力はただ異常に頑丈なだけだからなァ‼」

 

 ハッハー‼と彼は高笑いする。その間も、彼はガンガン!と銃弾を体で受け止め続けている。服は穴だらけになっていくが、血は全く出ていない。


「というか古賀ァ、遊んでねェで早く決着つけろォ! 俺の服がダメになるだろうが!」

「いや~、もうダメでしょ、それ」

 

 彼女は銃弾を茨で防御しつつ、男を空中でひらひらさせて遊んでいる。哀れな男は「ひぃ!」と情けない悲鳴を上げることしかできない。

 

「古賀ちゃ~ん?」

「すいませんってイッチ―先輩。決着つけますよ決着」

 

 市原に急かされたことで彼女はしぶしぶ了承し、山下に声をかける。


「山下さん、お願いできます?」

「ああっ! ついにわたくしの出番ですね⁉ 高ぶってしまいます、フフフフフ‼」

 

 山下が嬉しそうな声で叫びだす。

 

「俺、嫌な予感しかせえへんわ」

「奇遇ッすね、俺も」

「健生様、しっかりつかまってください」

「わ、分かった」

 

 わけが分からないが、これはやっとかないとまずい。そう確信する何かがあった。


「いきますよお‼ フフフフフ‼」


 次の瞬間、車が勢いよくドリフトを決める。つまり、車体が横になる。


「おわあっ‼」

 

 健生は必死に車内のものに捕まる。なんて衝撃。なんて重力。

 

「ちょ……減速しろぶつかる!」

 

 焦るのは後続車も同じだった。このままでは全員まとめて衝突事故だ。後続車が急ブレーキをかける。速度が落ちる。その瞬間を、古賀は見落とさなかった。


「敵の前で失速は自殺行為だよ!」

 

 その言葉とともに、大量の茨が後続車の下に滑り込む。

 

「まずい……罠だ!」

 

 気づいたところでもう遅い、というか、どうしようもない。

 しゅるる!と茨が車を縛り上げた。車もろとも男たちを宙に上げる。


「中に入ってきたぞ⁉」

「外に出ろ‼」

 

 男たちがぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえるが、誰一人として車外には出てこない。

 

「ダメダメ、もう全員縛ったからさ」

 

 こうして、市原、桂木、古賀、山下の犯人確保劇は幕を閉じた。ふふん、と威張る古賀に対して、健生は車内で転がっている。


(や、やっと終わった……)

 

 健生はひっくり返ったまま、車の天井を見てほっと胸をなでおろすのだった。

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