第二幕 タダイマ②

「他にご質問などありませんか? なければ、健生様をご自宅まで送迎いたしますが」


 自宅。家。家族。


 聞きたいこと、理解が及ばないこと、難しいこと、いろいろあったが、今はとにかく家に帰りたい。柳の言葉を聞き、健生は家への恋しさを思い出した。


「ううん、今はないよ。……家に帰りたい」


 そう言う健生を柳はじっと見つめると、深くお辞儀をした。


「かしこまりました。では、こちらへ」


 

 健生が自宅の前に着いたときには、すっかり次の日の昼頃になっていた。自宅の前に車が止まる。窓は、太陽の光を浴びてきらきらと光っている。


「それでは、明日の朝、改めてお伺いいたします。それまでは自宅待機を」

「分かったよ」

「昨日はお疲れでしょうから、学校も休んでいただいて構いません。また明日、私にご予定をお伝えください」

「そう……だね。うん、分かった。……あの、柳さん」

「はい」


 そういえば、伝えることができていなかった。一番大事なこの言葉を。


「助けてくれて、ありがとう」

「いいえ、任務ですので」


 柳は健生の言葉も、やはり無表情で受け止める。だが、健生はそれでも良かった。この言葉を伝えることができるなら、相手の反応なんて二の次なのだ。


「それじゃあ、また明日」

「お待ちください、健生様」


 不意に柳に引き留められる。少し驚いて振り向くと、柳が車から降りてきた。手には何かを持っている。


「お忘れ物です」


 そう言って差し出されたのは、傘だった。健生が、誘拐されたときに落とした傘。母が忘れないように、と声をかけてくれた、あの傘だった。


「っ……ありがとう……!」


 傘を受け取る。

 柳が車内に戻ると、車が走り去っていく。その場に残されたのは、健生だけだった。


「……ふう」


 なぜだろう。見慣れた家なのに、ドアを開けることが少し怖い。

 また何かに襲われるんじゃないか。実は自分は夢を見ていて、ドアを開けるとまた恐ろしい現実が待っているんじゃないか。

 そうしてドアノブが回せないでいると、逆側、つまり家の内側から、ドアノブが回された。


「健生……!」


 開いたドアの先に待っていたのは、両親だった。散々心配したのだろう、散々泣きはらしたのだろう。二人の目元はぱんぱんに腫れていた。


「父さん、母さん……っ! 俺……」


 どうしてだろう。伝えることはたくさんあるのに、言葉が何一つ出てこない。喉元で嗚咽のように止まってしまう。どうしよう、と思っていたそのときだ。


 ぎゅうっ


 抱きしめられた。もう高校二年生にもなるのに、まるで幼子を落ち着かせるように、両親は健生を前から抱きしめた。


「何も……何も言わなくていいんだ……!」

「無事で……無事で本当に良かった……健生……!」


 泣きはらしたんじゃなかったのか。

 両親は幼子のようにおいおいと泣きながら、健生を抱きしめた。つられて、健生の瞳にも熱いものがこみあげてくる。顔がくしゃくしゃになってくる。

 かちゃ、と傘が落ちた音がした。


「ただいま……!」

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