第二幕 タダイマ
第二幕 タダイマ①
目が覚めると白い天井が視界に入った。小さいころ散々見慣れた、病院の天井だ。
落ち着く白色にほっとしながら、健生は体を起こす。
(あれから、一体どうなったんだっけ……)
あの後健生は柳に手を引かれ、柳の仲間が待つ地点へと合流した。そこで安心したのか気力が糸のように切れてしまい、彼は意識を失ったのだった。
(そうだ、腕は⁉)
慌てて自分の両腕を見ると、そこには点滴を受ける人間の腕がしっかりとあった。 意識を失ったときに、元に戻ってくれたらしい。
(よ、良かった……。本当に良かった……!)
これだけでも心から安心できる。後は誰かを呼んで、目が覚めた旨を伝えなければならない。健生は慣れた手つきでナースコールを押す。すると、すぐに医者と看護師が健生の個室にやってきた。
医者は軽い問診と診察を行うと、ん、と満足そうに言葉を発する。
「腕の機能も問題ないみたいだね。ちょっと衰弱が見られるけど、ご飯をしっかり食べたら良くなるよ」
その後、医者はこう切り出す。
「そうそう、目が覚めたら、さっきの女の子……柳さんが君に話があるって言ってたよ。呼んでもいいかい?」
さっきの子にまた会える!
これだけで、健生の心は舞い上がった。その舞い上がりを隠すように表情を繕うと、健生は大丈夫だ、と医者に伝える。
少し待っていてね、と伝えると、医者は看護師とともに退室し、今度は柳を連れてきた。明るい場所で見ると、更に彼女の美しさが引き立つ。無表情なところも、彼女の魅力の一つのように思えてきた。
「柳さん……!」
「お疲れ様です、健生様。お体にも異常がないようで、何よりです」
喜ぶ健生とは対照的に、柳は相変わらず無表情のままで会釈をする。
「この度は、事情説明のためにおじゃまいたしました。お時間少々よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます」
柳は上着から、警察手帳のようなものを取り出して健生に見せた。
「私たちは正確には、表舞台に出ない警察機関、超常警察特殊機動隊と呼ばれる組織の人間です。超常警察とは、超能力を持った人間が超能力に関わる事件を担当する機関になります。今回は誘拐された健生様を救出し、保護することが私の任務でした」
「超能力って言うと……」
健生が超能力、という言葉を繰り返すと、彼女はこんな言葉を口にした。
「健生様は、人間の脳は三割程度の出力でしか使われていない、という話をご存じですか?」
「有名な話だね」
健生がそう答えると、柳は頷く。
「超能力は、脳を百パーセントの出力で使うことで発現する力です。ですが、どんな人間でも扱えたり、発現するものではありません。……たまに例外で、先天的にそういった力を使える人間もいますが」
柳はここで一息つくと、説明を続ける。
「超能力を発現するにはきっかけが必要です。それを一言で説明するなら、ストレスやトラウマ、と俗に言われるものになります。長期のストレスが積み重なって発現する者、一気にトラウマ的体験に晒され、自己防衛のように発現する者、様々ですが……健生様にもお心当たりはありませんか?」
「……昔の、交通事故」
健生は、幼少期に交通事故に遭っている。全身のつぎはぎがその証拠だ。健生はそのときのショックが原因で、記憶喪失にも陥っている。
「その通りです。恐らく、健生様の過去を知った者が、トラウマを刺激すれば超能力が発現すると踏んで今回の誘拐に至ったのでしょう」
「じゃあ、俺の体がおかしくなったのも超能力ってこと?」
健生が質問すると、柳は頷いた。
「健生様が眠っている間の検査と、私たちの所見から、健生様には細胞操作の能力が発現したことが分かりました。腕が変質したのも、細胞が異常に増殖したからでしょう」
ここからが本題です、と柳は前置きする。
「この手の犯罪者はしつこいです。一度超能力者として目をつけられると、そこら中から貴方を誘拐しようとしてくるでしょう。そこで私の所属する、超常警察特殊機動隊の第一班を、当面の間貴方の警護としてつけることになりました。護衛との顔合わせは、また後日いたしましょう」
「そっか……!」
つまり、当分は柳と会うことができる。これは願ってもないことだった。
柳は健生の心中など知る由もなく、説明を続けた。
「警護に加えて、健生様が能力を制御して社会生活に適応できるよう、訓練も行います。こちらも後日説明いたしますので、お待ちください」
確かに、混乱する度にあんな能力が発現しては生活なんてできないだろう。健生は分かったよ、と頷いた。
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