最終話:私の妻

 大王妃サファイアと第三妃ペリドットの結婚式参加を、許されるようになったメディナ帝国獣人族。


 入り口では、いつもとまるっきり同じ格好のオウルが、面倒くさそうに佇んでいた。やたらと派手に正装したフォクスから、しつこく文句を言われ顔をしかめている。

 

「アンタね。晴れの日って言葉知らないわけ? ドットちゃんを想うなら、もうちょっとちゃんとした格好しなさいよ!」

「うるっさい男だな……逆にお前はどうなんだよ! ペリドットより目立ってるじゃないか! なんだその変な眼鏡」

 

 王宮は、夜空に浮かぶ新月をコンセプトに飾り付けられていた。満天の星を模した無数のランタンが浮かび上がり、神の水ドリブンウォーターを動力として幻想的な瞬きを放っている。


 遙か高い場所に、大王妃と王妃の玉座があった。透き通る青い結晶で作られた玉座。太陽の光が結晶を通り抜けると、まるで水の中にいるかのような揺らめきが会場を包み込む。


「すごい……キレイ」

「タカマガハールの夜を思い出すな」


 ギャーギャーやっているオウル達を素通りした二人は、一足先に会場に足を踏み入れていた。


 ゲストテーブルは砂漠のオアシスをイメージしており、中心には小さな噴水がある。水面には、色とりどりの魚が泳いでいた。


 他国からのゲストも多い。当然だが、男性の姿はそこかしこにあった。

 メディナの王宮に仕えるヒトは、嫌悪感を隠す事に慣れている。決して視線を合わせようとはしないけれども。


 葡萄酒を手に取ったガルガは、聞き慣れた声に銀色の耳をヒョコッと動かした。


 見れば、スーベニア国海軍大佐タイガルが、猪族ブーバーの鼻を引っ張っているではないか。


「貴様という男は、本当に昔から変わらんな。獣人の婚礼参加を、さも自分の手柄のように吹聴するのはやめんか」

「タイガル!」


 尻尾をブンブンさせたガルガが、紅の手を引き、兄貴分である虎族の元へ歩みを進めていった。

 中年男の少年かと思うような笑顔に紅は、心の花が咲くのを止められなかった。


 じんわりと花開くときめきに、自然と笑みがこぼれる。


 タイガルから散々、鼻を引っ張られていたブーバーが、嫌みったらしい視線で紅をめつけた。無駄に豪華なガウンをこれでもかと見せつけ、慇懃無礼にあごを出す。


「今日は一段とお美しいですなあ、アイヤ様。お可哀想な火傷にゴテゴテしたベールが、よくお似合いでいらっしゃる」

「は? アンタなんか、猪鍋に……」


 暴言を吐きかけた紅を、ガルガが力強く抱き寄せる。金色の瞳が、誇らしげに光り輝いた。彫りの深い顔に、色気のある笑い皺が刻まれる。


「タイガル、紹介しよう。。世界で一番美しい、私の妻だよ」

「ほう! 君が紅ちゃんか。アイヤとはまた別の魅力があるな」


 私の妻、という言葉に顔を真っ赤にした紅。そんな彼女の頬をそっと包んだ狼族の男は、潤んだ眼差しを愛おしく捉えた。


「ガルガ……」

「シーッ、黙って。紅」


 微笑んだガルガは、人目もはばからずに口づけを落とした。

 

 銀色のたてがみに包まれた紅の唇は、何処までも甘く、そして熱かった。小刻みに震える姿は、少女かと思うほど可憐で愛らしい。

包む二の腕は逞しく、彫りの深い顔から銀色の髪がさらりと垂れる。


 祝いの席とはいえ、政略結婚。どこか、暗い雰囲気の漂っていた会場が、一気に華やぐ。


 遅れて駆けつけたオウルは、分厚い本をどさりと落とし、ド派手なフォクスはこれまたド派手に拍手を送っていた。


「やだっ! ボクたちの隊長ってば、やっぱ最高だわ!」

「それは認めてやるよ。格好いいよな」


 その時、王宮の鐘がそうごんに鳴り響いた。


 会場の隅に居た舞踏家たちが、妖艶な楽曲に合わせ踊り出す。彼女らの踊りと共に炎が舞い上がり、光と影が会場を神秘的な雰囲気に包んでいった。

 

 王宮の壁には、国の歴史を物語るタペストリーが飾られている。それらの中には、古代神話としてこうえんのアイーシャも描かれていた。


 双龍の鳴き声が、一際高くこだまする。


 開け放たれた天井のドームから、二頭の黒龍が姿を顕した。それぞれに、大王妃と第三王妃を乗せて。

 

 天空では、今日も変わらずシュクフクが真っ白な花弁を広げている。


 ポーッと唇を押さえていた紅は、ガルガに肩を叩かれ我に返った。ペリドットと彼女を乗せたアイヤ黒龍に視線を移す。


 ペリドットは、その日の主役に相応しい優雅さだった。覚悟の決まった眼は、どこまでも透き通り、浅瀬のきらめきを思わせる。


 そして気高くも美しい黒龍は、確かに希望の満ちた顔で、深紅の瞳を輝かせていた。


 ガルガの息子、レオは何処に消えたのか。

 盛られた毒の入手先も不明だ。

 これから残るけんぞくを探し、心臓の持病を克服しなければならない。


 何より、セイショクの解放が残されている。


 シュクフクを唯一神とする、このメディナ帝国で。


 紅とガルガはどちらともなく手を取ると、力強く握り合った。

 天井から差し込む太陽の光が二人を照らし、胸元のルビーはこうこうと輝き続けたのであった。


 紅焔のアイーシャ。二つの魂が一つとなる日は、遠からず訪れるであろう。


 

【これにて、第三章および、第一部完結です。

 一旦、作品をここで完結いたします。

 お読みいただき、ありがとうございました!】 

 

 

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紅焔のアイーシャ〜抜け忍くの一、病弱令嬢に異世界転移す〜 加賀宮カヲ @TigerLily_999_TacoMusume

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