第27話:鴉の正体

 大王妃サファイアと第三妃ペリドットの結婚式当日。


 獣人族の街バスラにあるガルガ邸では、紅が婚礼参加の準備に追われていた。新しい侍女、猫族の少女が鏡に映る紅に溜め息を漏らす。


「ふわぁ、素敵ですぅ。奥様」


 あれから、侍女ルルは姿を消した。便せんにびっしりとしたためた、手紙を残して。

 ルルは、自分がカラスに選ばれた事を誇りに思っていた。一心に、奥様の為を思ってやったことと。

 

 風土病にさえかんしていれば、奥様は獣人族などに嫁がず済んだのだ、と。


 娼館では、贔屓の所へ行くといい、実際は隣の部屋で紅たちのやり取りを聞いていた

 獣人帝国軍にも、潜り込んでいた。ルルは己の獣人嫌悪をブラフにしていた。


 致死性の毒入り水をガルガに渡したのも、ルルであった。


 ただ、中身がそれほどまでの毒と知らなかった。殺意はなかったと、几帳面な文字で謝罪の言葉が書き添えてあった。


(全ては奥様の幸せを考えての事です。獣人族などに決して主権を渡してはなりません。旦那様が苦しめば良いと思いました。それなのに……私は、知らずと強い毒を盛ってしまいました。誓って本当です。奥様に合わせる顔がございません。私は消えます。どうか、シュクフクのご加護が貴方様を照らし続けますように) 

 

 そう、手紙は結んであった。


 手紙を読んだ紅は、彼女もまたシュクフクの犠牲者なのだと思った。今回のカラスが彼女だっただけの事、という思いと共に。


 ついぞ、ルルが毒物を何処の誰から入手したのか、分からずじまいだった。薬物の禁輸が著しいメディナ帝国だから、尚更だ。この国をよく知るオウルも、初めて見る毒だと首を捻っていた。


 ――カラスは、きっと常に私達を見ている。


 不意に甘い香水の匂いがふわりと漂って、紅は振り返った。弾けそうな胸板に立派なガウンを羽織ったガルガが、照れた顔で俯いている。

 不思議そうに首を傾げた紅の真横で、猫族の侍女が、無邪気な笑みを屋敷の主人に送った。


「今日の奥様は、一段とお美しいですよね!」

「あ、ああ」


 紅のドレスは、太陽が絹の上に宿ったかのようだった。夜明けの柔らかなオレンジから黄金の輝き、さらには夕暮れ時の深いはく色まで、太陽の一日の移り変わりを色鮮やかに表現している。

 ドレスの裾には、朝日を思わせる小粒の宝石が散りばめられていた。

 ベールは、細かな金の糸で太陽が刺繍されており、彼女が動くたびにさんさんと輝きを放つ。

 

 紅の明るく前向きな性格と、常に希望を見いだそうとする姿勢を、見事に表現している。


 サイドテーブルに置いてあった、小さなルビーのネックレスをガルガが手に取る。

 無骨な手が、そっと細い首筋にネックレスをつけた。肉厚の指になぞられた紅の首筋が恋の熱で、小さくあわつ。


「お前のお陰で、わずかだが、メディナにいる獣人族の地位も上がった。以前は、婚儀に参加するなど、もってのほかだったんだ」

「……いつか、セイショクにも太陽の光を浴びて欲しい」

「紅……」


 思わず、紅に口づけをしてしまいたくなったガルガ。彼はニコニコ笑う猫族の少女に気づいて咳払いをしつつ、肩を抱いた。


「お前の望みは全て叶えると約束する。共にこの国を変えてくれないか、紅」


 長い睫毛をまばたかせ頷いた、紅。

 彼女の手を取ったガルガは、手の甲にそっと口づけを落とした。




  -次話、最終回です-

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