サマーガールズ
サマーガールズ
同級生が死んだ。
高校一年のときに同じクラスだった。
彼女のことはあまり覚えていない。絡みがなかったせいだ。それでもクラスメイトの名前と顔は一か月もあれば記憶できてしまう私は、顔見知りとだけ繋がったSNSの中、憶測が飛び交う情報戦から彼女の名前をすくい上げてしまった。
ああ、溶けちゃう。
スーパーの最前列で堂々と鎮座している新鮮な桃のように、艶めかしい色をした舌で、リコは自分の日焼け知らずの腕に滴り落ちたアイスを舐めた。
「なんで差し入れにアイスなんか選ぶの。ドロドロじゃん。意味わかんないんだけど」
「だってツーちゃん、アイス好きだよね?」
ここから一番近いコンビニは、夏の日に歩けばアイスがゆるく解けていくほどの距離がある。それはリコが利用しただろう最寄り駅と私の家のちょうど中間地点にあって、昼間の熱をこれでもかと蓄えたアスファルトにしっかりと炙られたせいか、ドロドロになっていたのはなにもアイスだけじゃない。それ以上にドロドロになって、リコは我が家にやって来た。
ツーちゃん、アイス食べよ。
深夜0時過ぎ。事前連絡なし。寝てたらどうするつもりだったの、と問えば、もちろん起こす、と悪びれもせず言うリコの湿った腕を引っ張り、秒で招き入れてしまった。
棒付きのバニラアイスを二つを持ち、汗のせいでメイクがよれているのに意にも介さず笑顔を浮かべたリコを追い返す術など、私は知らない。
夏のコンビニアイスは店の前で食べるに限る、というのは私の持論だ。
「ツーちゃんはそうかもだけど、エアコン効いた部屋で食べるアイス、リコは好き」
「溶けたアイスはアイスじゃない。無理」
そんな私のアイスは、もといリコが買ってきた半液状化したアイスは、一人暮らし用の冷凍庫で眠っている。だけど溶けたアイスが再び凝固しても、元通りにはならない。舌触りも風味も落ちていくことを私は知っている。
「ねえ、推しがちょっとでも自分の中の理想から逸れると許せないのとかさー」
「……なに」
「あれだ、いわゆるガチ恋ってやつだ。ふふ、やば」
リコはひとしきり笑った。大学の夏季休暇前に会ったきりのリコ。いつの間にか鎖骨にくっつくまで伸びた彼女の髪が、笑うたびに風鈴のように揺れた。笑うだけ笑って、棒から滴ったアイスをのんびりと舌で舐め上げると、私のベッドの上にリコが仰向けに倒れ込んだ。
またいつ重力に負けて、白くて甘くて嫌になるぐらいベタベタしたそれが落下してもおかしくないのに、リコは天井に向かって高く掲げては棒をくるくるりと回してみせる。嫌だな、と思う。シーツに落ちたら、くっついてしまったら、面倒。
「ねえ、ツーちゃん」
返事はしなかった。それでもリコは勝手気ままに喋る。
「今日うちの家のベランダでね、蝉が死んでたんだぁ」
勝手に喋るのは、ラジオもテレビも、それこそ動画も同じだ。なのに私はリコの言葉を記憶しようと耳をいつだって澄ませている。無意識のうちに。
「ママが虫嫌いで大騒ぎになったから、私がティッシュに包んで庭の隅に埋めてさー。もう夕方で、なんかいつもより少し涼しくて、だけどやっぱりエアコンの風浴びたくて、急いで家に入って携帯いじりながらダラダラしちゃいました」
澱んだ頭をベッドに乗せる。リコの声が、布越しにも聞こえてくる。心地のいい振動が私の体に押し入ってくる。やがて体の奥、人知れず熱く煮えた血と肉に、リコという生き物が溶けて混ざり合っていくような感覚に息苦しくなった。痛いほど、苦しい。
「そんで、ダラダラしてアプリ開いたら、いつも恋とか金とかコスメとか服とかそんなんばっか呟いてるのに、高校のときの友だち、今日はみーんなざわざわしてるの」
同級生が死んだ。夏季休暇も、もうすぐ終わる。そんなときに彼女は死んだ。
家族がいないタイミングで、マンションの最上階の踊り場から飛び降りたそうだ。
遺書はなかったらしい。うまく学校に馴染めなかったとか、ずっといじめにあってた、とか、彼女と遊んだこともない人間が本当かどうかもわからない噂たちをSNSで垂れ流していた。
高校にうまく馴染めなかったのは、私だ。運良く高校でリコと出会い、いじめられなかっただけで、中学生時代まで散々だったのは私だ。
「ねえ、ツーちゃん」
リコが頬をベッドに押し当て、こちらを覗き込んでくる。流行りのリップに彩られた唇の隙間から、ちらりと舌が見え隠れする。
「ツーちゃんが私より先に死んじゃうの、解釈違いで許せそうにないんだけど」
もしかしてコレ、ガチ恋かな?
リコが私の髪を撫でた。足元がじわりと冷たい。きっとリコが持ってたアイスが私の服の上に落ちたんだろう。
夏が終わる。これ以上深く、どこにも落ちて行かないよう、きつくきつく、リコの手を握りしめている。
とびきりの朝に魔法 とみとめ @tontokommmy
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