みどりのハート
みどりのハート
「耳が良いわけじゃないの、ただ真剣なだけなの」
そんなふうに、はぐちゃんは言う。スーパーの玩具コーナーで、真面目な顔つきで、お菓子の箱をかたかたと振る。
「ほら、ハナ。こっちのさ、ガサガサって感じの音はきっと違うよ。星の形っぽいじゃん。それでこのカタカタって感じの軽い音が、パールのやつだと思うんだけど」
ハナも聞いてみて、なんて箱を無理矢理押しつけられたものだから、はぐちゃんの言葉を半信半疑で受け止めつつ、わたしもお菓子の箱を振ってみる。
お菓子の箱といっても、主役はお菓子じゃない。主役は金とか銀とかピンクに染められたプラスチック製のネックレスたちで、作りはとてもチープ。お菓子は脇役で、ちっちゃなチョコがひとつだけ入ってる。世間一般でいえば、子ども用のおもちゃのネックレスでしかないそれを、成人した女ふたりが買い求めることに多少の恥じらいはある。少なくともわたしは、ちょっと恥ずかしい。
だけど、いつも真面目で、わたしの気持ちも言葉もいつだって真正面から受け止めてくれるはぐちゃんを前にすれば、それはあまりに些細なことで、文句を言う気には到底なれなかった。
わたしはおばあちゃんっ子だった。
幼少のころから両親は共働きで、なにかにつけて少し離れたおばあちゃんの家に預けられることが多く、早くに夫であるおじいちゃんを亡くしたおばあちゃんも、わたしをとても甘やかしてくれた。
おもちゃのネックレスが入ったお菓子を買ってくれたのは、いつだっておばあちゃんだ。母は、すぐ飽きるくせに、と買ってくれなかった。
おばあちゃんもね、こういうキラキラしたもの、だいすきだから。そう言うおばあちゃんのシワだらけの薬指には、おじいちゃんから貰ったのだろう、小さな一粒のパールがくっついた指輪が、いつも存在していたのを覚えてる。
スーパーへ二人で買い物へ行くたびに、わたしはおばあちゃんに、このお菓子をおねだりした。おばあちゃんは一度もダメとは言わなかった。だから少しずつ、母に見つからないよう、自分の部屋のクローゼットの奥に隠したネックレスの数は増えていったのだった。
そんなおばあちゃんが亡くなり、もう一年が経つ。一昨日がちょうど一周忌。法要を終えて、昨日の昼過ぎにわたしは地元から帰ってきたばかりだ。本当はすぐにでもはぐちゃんに会いたかったのだけど、疲れてるだろうから、と昨日は会ってくれなかった。
そのかわり日曜日の今日は、朝からわたしの家にやって来てくれて、何度も何度もキスをして、軽く抱き合って、体の中に磁石が埋め込まれたみたいに、ひたすらくっつき合いながら半日以上ダラダラと過ごした。
ねぇ。ハナのおばあちゃんって、どんなひとだったの。
はぐちゃんは、グラスを一気に傾けてから、聞いてきた。夕方になり、冷蔵庫に残っていた飲みかけの梅酒と、はぐちゃんが家に来るときに持ち込んだ食材から生まれた、酒のアテをつまみながら二人で特別興味もないテレビを見ていたときのことだ。
はぐちゃんはメイクはしっかりするけど、崩れてきたからってあまり手直しはしない。それでもうらやましいぐらい長いまつげを飼った瞳が、わたしをまっすぐと見ている。
血色の良い唇が、おしえて、と芯の通った声を生み出し、すらりと伸びた指がわたしの頭を撫でた。言いたくないなら、言わなくていいよ。そう言いたげに、わたしが言葉と記憶を選んでいる間もずっと頭を撫でてくるから、鼻の奥がミントを噛んだみたいにツンと痛んだ。
はぐちゃんとおばあちゃんの話をするのは、今日がはじめてだった。おばあちゃんが亡くなった、と母から連絡もらったときも、葬式へ向うために駅に行くまでの道すがらも、ずっとはぐちゃんといっしょにいたのに。
それがはぐちゃんなりの気遣いで、やさしさなのかもしれない。まだおばあちゃんのことを忘れられる気はしないけれど、忘れてしまうのは怖いから、記憶の蓋をそっと開いてくれたはぐちゃんに、わたしはひっそりと感謝している。
おばあちゃんとおもちゃのネックレスの話を聞いて、いまから買いにいこう、と思い立ったのは、はぐちゃんのほうだ。わたしはそんな思考にすらなってなかった。むしろこのまま、はぐちゃんの腕の中で、やわらかい胸に顔を埋めて眠っちゃいたい、なんて思ってたのに。
酔って泣いて腰の重いわたしの手を引き、徒歩十分ばかりのスーパーに着くなり、はぐちゃんはお菓子の箱を振った。子どもの頃から欲しい景品当てるの、割と得意だったんだ、なんて嘘かも本当かもわからないことを言って(はぐちゃんのことだから、真面目に考えたウソかもしれない)。
だけど結局、パールのネックレスはわたしのところへ来なかった。かわりにやって来たのは、みどりのハートの石が埋まったネックレスだ。
「ごめんね、ハナ。自信あったんだけどな」
帰宅早々、わたしたちはひとつだけ買ったそれを開封した。そして開封する直前まではぐちゃんは目を輝かせていたのに、いまではひどく項垂れていてかわいそうなぐらいだ。いつだって真面目で真剣な、はぐちゃん。
「ううん、いいの。わたし、これでいい」
はぐちゃんの頬に、額に、音を立ててキスをする。ようやくうつむいた顔をあげてくれたから、唇にもキスをすることができた。はぐちゃんの誕生石と同じ色だから、わたしはこれでいい。
「ねぇ、はぐちゃん。ネックレス、わたしにつけて」
ひとつ返事で、はぐちゃんは見るからにおもちゃのキラキラしたネックレスを、わたしの首にかけてくれる。ハナはどんなものでも似合うね、とはぐちゃんが微笑んで、わたしも微笑み返す。
おばあちゃんも、そうだった。このおもちゃのネックレスをつけて、くるくると姿見鏡の前で踊ってみせるわたしに、似合うわね、と褒めてくれた。なのに、たくさんおばあちゃんに買ってもらったネックレスは、興味を失ったと同時に捨ててしまった。母のいうとおりだ。わたしは飽きっぽい。それでもはぐちゃんとの付き合いは、もう五年にもなる。今まで付き合ってきた子たちの中で、一番長い。
大事にしたいな。胸の奥で、呟く。
わたしの正面に回ると、はぐちゃんがぎゅっと抱きしめてくる。みどりのハートのネックレスごとわたしを抱きしめて、胸に耳を当てて、ハナの心臓の音がする、なんて言う。
大事にしたいな。もう一度胸の奥に刻みつけるように呟いて、わたしははぐちゃんを抱きしめ返した。
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