第9話 かささぎの渡せる橋

 次の日大友は役所へ電話をかけ、ケースワーカーの女性に、麗羅に手紙を書きたい旨を伝えた。

ケースワーカーの女性は、先に自分が内容を読ませてもらうが、良いか。

と訪ね、大友は

「構わない。」

 と一言だけ言った。

 内容は、来てくれたのに留守だったことへの侘びと、大友の住所と、もし、連絡がつかなかった時のためのまゆこの連絡先。

そして、麗羅が十八歳になって施設を出たら連絡をくれるように。

と書くつもりだった。


「おじちゃん」

 見知らぬ女性が、自分の手を握っている。

いやどこかで、見たことがある。

同じ入居者の、変わった振る舞いをする婆さんの娘さんだ。

時々来ては、大友にも親切に声を掛けてくれていたが、元々人見知りの激しい大友は、挨拶ぐらいで部屋へ逃げていた。

「あんたは、誰だ。」

「真野さんの娘さんやで。

こけて大変なことになってた大友さんを、この施設に入れるようにしてくれた、近所の親切な人でしょ」

西川が女性に気遣って、まくしたてるように言う。

 真野の娘は、右手の指環をそっと、大友に見える位置にした。

指環には、見覚えがあった。

はっきりと覚えている訳ではない。

しかし記憶の中の麗羅は、きらきら光る石ではなく、複雑な色合いの小さな石を選んだ。

大友はそれを面白いと思った。その石は、こんな石ではなかったか。

 言葉よりも先に、涙が目尻の皺を伝っていった。

 なんてことだ。

麗羅を守るつもりが、いつの間にか見守られていたなんて。

「麗羅、麗羅なのか。どうして会いに来てくれなかった」

「施設をでて、すぐに結婚したの。

恥ずかしくて、おじちゃんのところへいけなかった」

「幸せだったか」

 悲しい目をして麗羅は、それでも小さくうなずいた。

「そうか、それなら良かった」

 声をつまらせ、震える手にぐっと力をいれ麗羅が

「あのね、辛い時は、いつでもおじちゃんの所に行けるって。おじちゃんは、麗羅を助けてくれるって、分かってたから、今まで頑張ってこれたんだよ。

施設でも、結婚しても」

 ひとことひとこと絞り出される麗羅の、最後の方の言葉は嗚咽で聞き取れなかった。

それでも良かった。

麗羅に会えたから。

「麗羅、おじちゃんに力がなくて、ごめんな。七夕の願いを叶えてやりたかった。」

そういうと、自分の左手を握り締めている麗羅の両手に、昔、鉛筆で書くことを練習させていた時のような思いで震える右手をそっと添えた

「あの、あの引き出しを、引き出しを開けてくれ。」

 促されて立ち上がり、麗羅が引き出しを開け、傷んだ茶封筒を持って大友のところに戻ってくる。

中には黄ばんだ養子縁組の書類が入っていた。

茶封筒を固く肘で抑え、もう一度、大友の手を握りしめる。

冷たく硬い大友の手の皺を、暖かい麗羅の涙が伝っていく。


 良かった、これで良かった。


待ち続けていた橋の上に、ぽつぽつと黒い足跡が付いていく。

それは、待ち焦がれていた人のものでは無く、大友自身のものだった。


乳白色に輝く世界へ向かって長く伸びた橋を渡っていく夢に、まどろみながら大友はそう思うのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かささぎ橋 加賀屋 乃梨香 @kagayanorika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ