悪役令嬢の回想

西順

悪役令嬢の回想

 山間を抜けるように蛇行しながら進む列車。その一般車両のボックス席で、私の対面に座るのが、私が仕えるメリジェーヌお嬢様だ。服装こそその辺の女性と同じだが、ルビーよりも紅い巻き髪で、アメジストのように輝く瞳。そしてその所作の美しさに、このご令嬢が一角ならぬ人物である事が滲み出ていた。お嬢様はこの状況を楽しんでいるように、目を輝かせて窓の外の景色を眺めている。


 ☆ ☆ ☆


『私、悪役令嬢なの』


 まるで秘密を打ち明け、その秘密を共有する共犯者にでもするかのように、メリジェーヌお嬢様が私にそう耳打ちしたのは、お嬢様が5歳の頃だった。


 お嬢様がどのような思いで、この秘密を打ち明けてくださったのかは、私の理解の外だが、当時幼かった私は、これは他の誰かに聞かれてはならない事なのだと、両手で口を押さえて、コクコクと頷くに留めた。それが可笑しかったのか、お嬢様は貴族令嬢としてははしたない程の、満面の笑みを私に見せてくれて、私はその時から、このお方に一生を捧げるのだと誓ったのだ。


 メリジェーヌお嬢様曰く、この世界は『夢咲くフェアリーテイル・トリロジー』なる『乙女ゲーム』と呼ばれる体験型遊戯の中の世界だそうで、その中でメリジェーヌお嬢様の役割は、この世界の窮地に異世界より召喚された聖女のライバル役として出てくる悪い令嬢なのだそうだ。


 それを聞いてとても悲しくなり、幼かった私はメリジェーヌお嬢様の前で泣いてしまい、お嬢様や周りの大人の従者たちを困らせたのを覚えている。それからだ、お嬢様が家庭教師を付けて勉強を始められたのは。だから私もお嬢様を守れるようになる為に、この頃より鍛錬を始めた。


 このエンデラ聖王国は世界の中心と呼ばれる大国であり、メリジェーヌ・デル・ローエンお嬢様は、そんな大国の侯爵家に生まれた生粋の上流貴族のお嬢様であった。


 その血筋を遡れば、かつて世界を救った聖女に辿り着くと言われている高貴な血統である。なのでメリジェーヌお嬢様が国の王太子であるフィール殿下と婚約すると知った時は、自分事のように晴れ晴れしい思いだったが、6歳での婚約の儀で、メリジェーヌお嬢様が何とも言い難い複雑な表情をされていたので、理由をお伺いしたら、何と将来的に、フィール殿下は異世界より召喚される聖女と結ばれるのだと密かに教えてくださった。


 そんな馬鹿な!? と思った私だったが、その後、国や世界で起こるあれやこれやをメリジェーヌお嬢様が言い当てていくに従い、これは本当にそうなるのかも知れないと、私の心の中で、不安が渦巻いていく事となった。


 世界は年々悪い方へと進んでいっていた。世界各地で魔物が出現するようになり、今まで起こらなかった大きな自然災害も多発するようになり、人心の不安は伝播していく。


 それもこれも世界を覆っていた聖女の結界に綻びが現れだした事が原因だと、エンデラ聖王国の魔導庁が結論付けた事により、エンデラ聖王国にて、聖女召喚の儀が執り行われる運びとなったのだ。それがお嬢様が15歳の時の話で、私の心はざわついた。


 かくして行われた聖女召喚の儀は見事に成功し、召喚されたのが、ルミ・イシダと名乗る黒髪黒瞳の少女であった。


 ルミ様は良くやっていたと思う。突然別世界より召喚され、右も左も分からぬまま、聖女だ何だと持て囃され、だけれどそれに奢る事無く、聖女の修行も頑張られていた。ただし私の印象は、いつも誰かしら男性を侍らせているお方。であった。


 ルミ様は聖女の修行の為に、メリジェーヌお嬢様やフィール殿下と同じく、魔法学校に通う事になったのだが、そこで宰相の子息であるベルクル様や、近衛騎士団団長の子息であるドラード様、魔導庁の長官の子息であるグンバール様、世界的大商会の子息であるシウン様、聖教会の秘蔵っ子と言われるアトラ様、魔法の天才ギュリオール様など、魔法学校でも指折りの男性たちとおられるのが良く見掛けられ、そしてその輪の中に、フィール殿下もおられたのだ。


 魔法学校での日々は、そうやってルミ様を中心に動いているかのようで、ルミ様と周囲の男性方との親睦が深まっていくにつれて、私の心中は穏やかならざるものになっていった。


 そんなルミ様が唯一勝てない相手、それがメリジェーヌお嬢様だった。勉学の成績も、魔法の成績も、作法も、全てがメリジェーヌお嬢様の方が上で、このように完璧な方が、王太子より婚約破棄される訳が無いと考えてはいたが、魔法学校の中庭で、これ見よがしにフィール殿下と仲良く談笑するルミ様を見掛ける度に、私の心は落ち込んだ。


 魔法学校で日々鍛えられていったルミ様は、最終学年にて、ついに世界に結界を張る事に成功し、これにより世界に再び平和な日々が訪れたのだ。


 しかし話はこれで終わりではなかったのだ。結界が張り直され、その祝典のパーティにて、私の恐れていた事が現実となったのだ。フィール殿下が公衆の面前でメリジェーヌお嬢様との婚約破棄を言い渡し、ルミ様との婚約を宣言したからだ。


 いったい何が起きたのか、私の理解が追い付かぬうちに、フィール殿下が近衛騎士団を使って、今回の件の事後調査をしていた事がフィール殿下ご本人の口より告げられた。しかもそれはローエン侯爵家が、今回の結界の綻びに関与しているとの調査報告であった。


 そんな馬鹿な!? 何かの間違いだ!? 私が異議を唱えようとするのをメリジェーヌお嬢様が制し、


「委細承知致しました」


 とフィール殿下に深々とその頭を下げたのだ。私は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。私なんかよりもお嬢様の方が辛いのだと。


 そのままパーティから帰ってきたお嬢様は、しかし高笑いを始めたので、とうとう気でも触れたのかと心配になったが、そうではなかった。


 お嬢様の話によると、ローエン家が世界を支える結界の綻びに関わっていたと言うのは本当の話らしい。しかしそれは結界の外から襲来してくる魔物たちを押し留める為であり、決して結界を壊す事が目的ではなかったそうだ。何でもこれはこの『乙女ゲーム』の後日譚として、『ウェブ』なる場所で限定公開された話なので、知る者は少なかったので、ルミ様も知らないだろうとの事。


「それでしたら、そのようにあの場で仰られれば」


「気持ちの通じていない殿方と一生添い遂げろと?」


 そう言われると困る。


「こちらもかなり危ない橋を渡ったのよ。どこでどんな事件が発生するか、年表を思い出して、お父様に報告して、ローエン家の騎士団に先んじて現場に行って貰って対処をお願いしつつ、私は私で魔法学校で常にトップの成績を取り続けなければならなかったから」


「お嬢様がトップの成績である事が、必要な要素だったのですか?」


 首を捻る私に、メリジェーヌお嬢様は大きく頷いてみせた。


「ええ。私の知る『夢咲くフェアリーテイル』の第1作では、魔法学校がメインの舞台なの。だから成績がとても重要な要素になってくるのよ。魔法学校で聖女の成績がメリジェーヌの成績を超えられなかった場合のみ、我がローエン家はお家取り潰しのうえ、国外追放の処分になるの」


 なんて厳しい処分だ。近衛騎士団の雑な事後調査でお家取り潰しのうえ国外追放? これがメリジェーヌお嬢様が良く仰られていたバッドエンドと言うやつか。


「本当に良かったわ。もしも聖女に成績を抜かれていたら、ローエン家は関係者全員死刑になっていたから」


「なっ!?」


 これでもバッドエンドじゃなかったのか! お嬢様は、その細い両肩に私たちローエン家関係者の命を背負い、必死に勉学に励んでいらしたのか。


「そのような事とは露知らず、申し訳ありませんでした」


「良いのよ。私、貴方がいたから頑張れたんだもの」


 どう言う意味か分からず、私が首を傾げても、メリジェーヌお嬢様は笑顔を見せるだけだった。


 ☆ ☆ ☆


「見て! 大きな湖が見えてきたわ!」


「危ないですよ、お嬢様」


 興奮して列車の窓から身を乗り出しそうになるメリジェーヌお嬢様を、私はヒョイと座席に座らせる。


「ミルキュラ湖が見えてきたと言う事は、もうすぐイーベータル共和国との国境に差し掛かるものかと思われます」


「そう、イーベータル共和国。第2作の舞台。ふふふ、今から楽しみだわ!」


 本当に楽しそうに笑うメリジェーヌお嬢様に、こちらまでが笑顔になってしまうのだった。

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