第24話

この間ある習い事に行った。そこでなにもされていないのに騒いでしまった。そして騒いだあげくに辞めてしまった。むしろよくしてもらっていた。あえていうなら見たこともない上流階級の人たちがたくさんいて、それに対して惨めな自分を比較すると胸が締め付けられるくらいに心がきゅうきゅうと痛んだのだった。水が合わなかったのだった。



 そこで昔のことを思い出す。小学校でも中学校でもわーわー騒いでばかりだった。そのあげくに不良に目を付けられいじめられるようになったのだった。



 どうしてそんなに騒いでしまったのかというと、僕はアニメ、映画、小説好きで、よくアニメとかに生き方を影響されている。特に下積みから頑張って頑張って周りに認められていくという話が大好きである。僕は昔から学校でも職場とかでも底辺の位置にいることが多く悔しい思いばかりしてきた。

 だからそういう主人公が底辺から成長していくアニメを見ると、良い意味でも悪い意味でも作品が心にぐさぐさと刺さり行動がいろいろと影響されるのである。



 だから自分の読みたいもの、書きたいものって青春成長物語なのだなって改めて思った。




 そのようなことをノートに描いて主治医に渡す。主治医はしばらく黙っていたが、

「話してくれてありがとうございます」

 そのときにふっと心が軽くなった気がした。



 その日からだんだんと幻聴が聞こえる頻度が減ってきた。幻聴についても主治医からアドバイスをもらったことがある。それは、

「先生、幻聴がきつすぎます。もっと薬を増やすかしてください」

「薬はもう増やせません。もうあなた十錠近く飲んでいるじゃないですか」

「じゃあどうすればいいのですか?」

 主治医はうーんとしばらく考えていたが、やがて

「このまま投薬治療は続けます。その上でアドバイスがあります」

「アドバイス?」

「そうです。それは悪口が風に乗って流れてきたとしたらそれは全部幻聴だと割り切るのです。直接文句を言われない限りそれはすべて幻聴と思うのです。ちょっとだまされたと思ってやってみてください」

「はい・・・・・・」

 


それからは悪口が耳に入ってきても確証がないのでそれらはすべて幻聴だと割り切るようにした。そのような毎日を送っていたところ、ついにその日はやってきた。幻聴が聞こえなくなったのだった。




 他の患者さんとも少し話すようになった。患者さんたちは属性で言うとネコみたいな人が多くてそれぞれ自分の時間を過ごしている人たちが多かった。しばらくして僕も一人の時間を大切にするようになった。部屋でごろごろして本などを読んでいた。



 そして一ヶ月後、主治医がやってきて、

「そろそろ家に帰って何日か過ごしてみようか」

「家に帰れるのですか!?」

「はい」

 そのまま主治医は言う。

「おいしいもの食べてきなさい」

「はい」

「ただ太るのじゃないですよ」

「分かりました」



 面談が終わると、すぐさま50円玉をもって電話機のところに行き、家に電話をかける。病棟では携帯電話を取り上げられているので電話をかけるときは固定電話でお金を払って電話をかけるのだ。

 50円玉を入れると、家の電話番号を押していく。


 ピポパ ピポパ ピポパ


「もしもし」

「もしもし」

「蒼だよ!」

「蒼? 電話してきて大丈夫なの?」

「うん。許可もらってきた。今度外泊ができるのだって。外泊って言うのは、何日か家で過ごして良いといいって」

「ちょっと大丈夫なの?」

「主治医がいいって!」

「分かった。なにが夕食食べたい?」

「豚の角煮が食べたい!」



 それから一週間後、親の車で家へと向かう。精神薬を飲むとすごく眠たくなる。この日も車の中で眠ってばかりいた。

 途中、近所の本屋に行き、小説の書き方について書かれている本と最近の芥川受賞作を買った。



 家に帰るとそのまま布団を敷いてそのまま夜まで眠った。夜は豚の角煮だった。



 豚の角煮はとてもおいしかった。そこで、先日主治医に借りた冊子の話になる。

「今の先生にある冊子を借りたのだけど、作者はどうやら僕と同じ病気である統合失調症らしいのだ」

 母親は言う。

「今の病院の患者さん?」

「昔のね」

「作家さんって精神病持っている人っているにはいるの?」

 祖母が答える。

「芥川龍之介は精神病院に通っていたと言うし、夏目漱石は神経衰弱だったって本には残っているね」

「蒼が借りた本のその作家さんの名前は何というの?」

「分かんない。今度見てみる」

 今度は母親が口を出す。



「どんなことが載っているの?」

「虫歯になって歯医者にいった話だとか、芸術作品を作るきっかけになった話だとか、夏場にカレーを食べて食中毒になって救急車に運ばれた話だとか」

「うんうん」

「そして、たとえ統合失調症になったとしても、社会から必要とされなくなったとしても芸術作品を作ることは出来る。君も芸術作品を作れば? というようなことが載っていたよ」



 その言葉に一同が黙った。ちょうどそのとき、テレビで芥川賞受賞、直木賞受賞について報道していた。

「芥川賞すごいねぇ~」

「そうだね」

「一回この作家の受賞作読んでみたいな」

「こんど買っといてあげるよ」




部屋に戻ると、僕は昼間に買った小説の書き方についての本を開いた。そこにもやっぱり、



「まずは書くこと!」



 と書かれていた。芥川賞いいなあってつくづく思った。そこでとりあえず原稿用紙を取り出すと鉛筆でつらつらと書き綴った。いつしか自身の精神病の症状などを小説に書くようになったことはまたの話。


 それから一日、一日と過ぎていく。外泊できる日数も増えていく。そんなある日のことである。主治医の先生と面談が行われた。

「蒼さん、具合はいかがですか?」

「だいぶよくなりました」

「じゃ、そろそろ退院にむけて動き出していきましょうか」

「いいのですか?」

「いいですよ」



 それからは少しずつ病院の周りを散歩したり、病院で行っている行事に参加したりした。

 行事はカラオケ大会やヨガなどの体操、病気についてそれぞれ話し合うといったような感じである。

 うまい具合に寝込んで空になった体力をまた少しずつ回復していくといったようなプログラムが多かった。

 正式に退院が決まった日、僕はぽけーっとしていた。主治医の先生から言葉をもらう。

「これからが本当の戦いだから・・・・・・。蒼さんはこれからどうするの?」

「まずは高校に戻って、卒業して高卒資格をもらいます。そこから考えます」

「頑張りなさい」

 こうして僕は精神病院を退院する運びになった。



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