第11話

●月●日



 あこがれの大学の文学部に通っていたときのこと、「シラバス」という授業計画書のもと授業の時間割を自分で決めていいとのことで、何にしようかなとパソコンとにらめっこしていた。ふっと目をやると、『論語』と書いてあったのを見つけた。そのときには『論語』って何だろう思っていた。



 辞書を読むと、孔子の書であり、四書五経の一つであるとかかれていた。『論語』とはどう生きればいいのかという人生を示した書とのことらしい。しかも当時の武士だけでなく農民までみんな『論語』読んでいたらしい。昔の人の知恵を学ぶことで、日本人の心を学ぶことができるかもしれないって思った。そしてできれば自身の小説に反映させたいと思った。『論語』の授業に出ようと思い授業を取った。



 そして授業の日、淡々と授業が進んでいく。先生に時々、この本を読んでおくようにと本を紹介してもらえる。



 その中の一冊が、岩波文庫の『論語』だった。



 夏休みに入る前に、宿題が出た。『論語』を読んでレポートを書くということ。さっそく本屋に行く。人が多くてくらくらする。実は僕はこのとき統合失調症と発達障害を患っていた。



 このときにはまだ原因が分かっていなかったが、人の視線や自分の視線が他人を害しているのではないかと怖くなって視線が固まってしまうという症状に悩まされていた。他にも自分が悪口を言われているのではないかという妄想などである。その結果かはわからないがよく人から避けられていた。



 だから本屋に行くのは本当にしんどかった。このときにはまだ通販とかあまりなかったと思う。



やっとのことで本を買うと、家に帰ってノートに筆記しながら本を読み出した。基本的なことが書いてあった。悪口を言うな。人に何かをするときに見返りを求めるな。仁とはまっさらな心のこと。そんなことをノートにメモをする。そして、レポートを書いて9月に提出した。



先生にレポートを提出すると、ぽかんと口を開けていた。次の授業の時に先生に呼び止められた。そして、一言。

「本当に『論語』を読む奴なんているなんて」

 僕は「はあ」というしかなかった。

 先生は続けて、

「うちの研究室に来ないか」

そのとき反射的に、自分が障がい者だと知られたくなかったので思わず逃げてしまった。自分のことを好意的にみてくれて本当にうれしかった。このことは十年経っても覚えている。あと意外に『論語』の授業を取っても『論語』を読まない学生が多いことに驚いた。


 14年後に改めて自伝的小説を書くに当たって改めて『論語』を開いた。



 そこには、



「物事を学んだら復習すること」

「君は賢いのだね。僕には悪口を言う時間がない」

「読書と実践と誠実と信義」



 とかいろいろと書かれていた。心にぐさぐさと刺さった。自分は『論語』を読んだ十代の自分に恥じない人生を送っているかと心の中で問う。



 答えは「いいえ」だった。



 失敗談はたくさんある。時は昔、初めて会社に就職した時のこと、本社からサテライトオフィスに出向するようにと事例がでた。そこではさまざまな仕事をさせてもらった。農業や実際に農業を行った体験談を書くライターとかいろいろである。そして様々な飲み会にも連れて行ってくれた。飲み会ではキムチ鍋やもつ鍋や海鮮をたらふく食べた。社長が

「うまいか」

 と問う。

「おいしいです」

 そのうまいかと問う社長の顔は子供のように無邪気な笑顔だった。

 さらには、そこのサテライトオフィスの社長と僕が通院している主治医が仲良かった。

 そこには5年ほど務めてから退社した。もっといろんな世界を見たかったからである。

「お世話になりました」

 社長も、

「元気でな」

 と言ってくれた。

 そうして僕は無職になった。

 問題はその後だった。会社の悪口を八方で言いまくったのだった。

「あそこの会社は仕事をさせてくれなかった」

「あそこの会社はブラックだ」

 無邪気な笑顔をする社長の顔に泥を塗ってしまったのである。恩を仇として返してしまった。自分が会社の悪口を言いまくった結果はわからないけれど、主治医も病院をたたんでしまって自分とは縁が切れてしまった。

 因果応報という言葉はあるのは知っていたけれど、やっぱり因果は巡り応報として帰ってきた。●歳のときの悪行が●歳になって十字架となって背中にのしかかる。



 だからこそ改めて『論語』に出会えてよかった。

 僕は論語読みの論語知らずだ。今回それをしれてよかった。



 そして思うのが、人間はたくさん失敗をして失敗をして振り返って振り返って成長していく。その失敗に関しても、ある人からこういう言葉を教わった。



「人間は4回忘れる」



 忘れても忘れてもいっぱい学んで、失敗して振り返って成長していきたいと思う。

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