第3話 『ライト・クロニクル』
「うわ、まぶし! ここはどこだ……?」
異空間へと飛ばされて初めてみた光景に、俺は驚きを隠せなかった。
「ここは城? 窓から雲が見える。魔王城というより天空城って感じがする……」
目の前に広がる情報を整理する。
これはゲームの中なのか、それとも死後の夢なのか。
城を見て一瞬、死ぬ直前に遊んでいた『デモニック・キャステラン』の魔王城内に飛ばされたのかと思うも、光り輝く世界観と丸みのある温かみのあるグラフィックは間違いなく別物である。
知らぬ間に身に着けていたつんつるてんの子供服も、とても魔王にふさわしい衣装とは思えなかった。帽子をかぶっていて、腰元には金属製の道具がずしりと重い。
「なんか様子がおかしいな……? わかった、これ『ライト・クロニクル』だ!」
機械の扱いに長けた少年が、異界の少女と共に壊れた世界を直していく物語。
主人公とヒロインを切り替えるシステムとなっていて、戦うのは常にひとり。
どうやらあの女神は、転送するゲームを間違ってしまったようだった。
「そうか、これもラスボスを倒せずに放置していたんだっけ……。単調すぎて飽きてしまった記憶がある」
ジオラマやら釣りやらゴルフやら、脇道ばかり楽しんでいた記憶が蘇る。
難易度が高くなく、ランダム・ダンジョンを
キャラクターやストーリーは魅力的だったのだが、当時の自分にはやや低年齢向けと感じてしまったのだ。
「これなら楽勝だな。さっさと終わらせよう」
明らかに最終局面の城内セーブポイントに立っている。
とりあえず目の前の扉を開ければ中ボスあたりが飛び出してくるだろう。
まあこのゲームのことだから、それが続くんだろうけど。
そんなことを思いながら扉に手を掛けると──
「ついにここまで来てしまったか。残念だニャ、キミを倒さないといけないなんて」
「えっ!」
目の前には、二本足で立つ、白い毛がふわふわとした小さな猫の妖精がいた。
「なんだ、ケット・シーか」
「違うニャー! ボクはチンチラ大帝であるぞ!」
「その名、聞き覚えがあるな。もしかしてラスボス?」
「当たり前ニャ! さあ、ボクと勝負するニャ!」
「いや、ちょっと待ってくれ。俺は──」
「問答無用。いざ剣を抜け!」
「話を聞けー! いきなり戦えないよ!」
「ムービーはすでに見たでしょ!」
「いや覚えてないって! 遊んだの何年前だと思ってんだ!」
唐突にラストバトルが始まってしまった。
チンチラ大帝は細身の剣──レイピアを抜き放ち、こちらに切りかかってくる。
「てい! とう! たあ! やあー!」
「うわっ! なにっ! すんっ! のっ!」
あっさり全部かわしてしまった。
とりあえずこちらも攻撃して黙らせよう。腰を探って得物を抜き放つ。
「なんだこれ、ボルトを締めるレンチじゃないか。こんなんで戦えっての?」
「隙あり!」
ペチン!
「うわー、ってあれ、痛くないぞ。なんだ、お前の剣なまくらじゃんか」
「当たり前ニャ、血が出たら
「にゃんじゃそりゃー!」
にゃーにゃーうるさいから、うつってしまった。
「いいからキミも来るニャ! 決着をつけようではないか!」
「わかったよ、それじゃあ覚悟しろ」
よくはわからないが、レンチを痛くならない程度に当ててみる。
トン! コン! ポン!
「うわっ! ぎゃあ! どわーっ!」
チンチラ大帝は大袈裟にすっ飛んでいった。
「そんなに強くやってないだろ!」
「ハァ、ハァ、ハァ、なかなかやるニャ……」
可愛いグラフィックに低難易度。なんだか攻撃するのが可哀想になる。
正直に言ってすごくやりづらい。動物虐待みたいで心が痛む。
「なあ、ここらで終わりにしないか?」
「ふざけるニャ!
「うーん……」
距離をとろうとして下がった瞬間、何気なくポケットの膨らみに触れる
「ん、なんだこれ。ボタン? ポチっとな」
つい押してしまった。と同時に、やっちまったと思った。
突然、俺の真下に木製の頼りなさげなロボットが出現し、俺はその操縦席へと自然に落下した。
「まさかこれって、強すぎて封印してたやつじゃ……」
「うわ、にゃんだそれは! キミ、卑怯だニャッ!」
「いや待ってくれ。俺はこんなもん使うつもりじゃ──」
弁解しようとした瞬間、うっかりレバーを倒してしまった。
その瞬間、大量のミサイルがチンチラ大帝のもとへと発射されていく。
「やっべえ!」
「ぎにゃあああああ!!」
ドッカーーン!!
目の前で大爆発が起き、思わず顔を背ける。
やがて煙が薄れていく中に、小さなラスボスはぐったりと床に横たわっていた。
戦いは終わった。終わってしまった。
「チンチラ大帝、大丈夫か! 無事であってくれー!」
慌ててロボットから降りて駆け寄ると、さいわいチンチラ大帝は生きていて、最後のシーンがなし崩しに始まる。
「……うぅ、やられてしまったのニャ……。ごめんよママ。ボク、どうしても世界を取り戻したかったのニャ……──」
「うーん、どうにも既視感があるな。そういえばクリアしてないことを思い出して、動画サイトでムービーを見てしまったんだ」
「ごちゃごちゃ言ってないでちゃんと見るニャ! 頑張って練習したんだニャン!」
「わかったよ、悪かった。ちゃんとエンディングを見届けるよ」
可愛らしい動物たちが繰り広げる演劇を、まるで保護者のように見守る。
謎の感動に包まれて涙していると、とうとう『THE END』の看板が下げられた。
そしてそのまま光に包まれ、俺はあっという間にこの世界をあとにした。
気づけば目の前に女神が居る。
さっき食べていたポテトチップスとは別の味を開けているとこだった。
「あっ! なんじゃ、もう帰ってきたのか!」
「なんなんですかあれ! 子供向けのゲームじゃないですか!」
「つい手元が狂っただけじゃ。でも、心残りではあったじゃろ?」
「まあたしかにそうですけど……次はちゃんと飛ばしてください!」
「わかったわかった。ほうれ、ぐるぐるぐる」
「海苔のついた指を向けるなー!」
さあ今度こそ、本番だ。
俺は、女神の生みだした暗黒の渦へと飲み込まれていった。
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ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。
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