第4話 『デモニック・キャステラン』

「ここは……!?」


 ふたたび異空間へと飛ばされ、広がっていた光景に、俺は驚きを隠せなかった。


「まさか俺が築いた魔王城の王の間か! VRなんかじゃあない、どう見ても本物の質感だ。さすがは女神を名乗るだけのことはある……」


 身に着けた衣装も、今度はちゃんと魔王らしく、黒を基調としたシックなものだ。腰元には、苦労を重ねて作り上げた最強の魔剣が確認できる。

 パソコンの画面を前にこつこつプレイしていた情景が、今まさに目の前に広がっていようとは。正直、驚きと興奮を隠せない。

 とそこへ、話しかけてくる者たちがいた。


「──陛下、お待ちしておりました」

「お前は腹心ジミマイ!」


「大魔王サマ、帰ッテキタ!」

「伝令のインプ!」


「ああ陛下、ようやくお戻りに……」

「なにかあったのではないかと、わたくし昼も眠れず……」

「近衛兵グレーターデーモンAとB!」


 眼前のあふれかえる状況をなんとか整理しようとする。

 俺は玉座に腰かけていて、古臭いグラフィックに過ぎなかった悪魔たちが、まるで実在するかのように歓喜の表情を浮かべている。

 そうだ、陰鬱な世界観にそぐわないこのアットホームな空気感。ほんの一時間ほど会っていないだけなのに、なぜだか懐かしさを感じる。


 こんなことならオスのモブにもちゃんと名前をつけてあげればよかったな。後悔を晴らすための試練で後悔するなんてあってはならない。あとで何か考えてあげねば。


「さようでございます。四大魔王が一柱、北のジミマイにございまする」


 見事な装束に身を包んだ魔術師然とした人物が、深々と玉座の前にひざまずく。

 透きとおるような薄青の髪をなびかせる美男子。禍々しい角を除けば、貴公子とも言えなくはない。しかしその身が放つ強烈な青白きオーラは、ただものではないことを十二分に物語っていた。


 『デモニック・キャステラン』は、ソロモン七十二柱と呼ばれる極めて有名な魔神たちがモチーフとなっている。わが前にかしずく者はその数に含まれない、より上位の存在であり、ほとんど伝承が残されていない謎多き悪魔であった。


 ほかの三柱、アマイモン、コルソン、ガープについては未実装だ。エンディングを迎えるのは切ないが、拡張の余地を残しているという点では救いはある。


 ジミマイは、今作において最高難易度を誇る隠しクエストを達成することで仲間にできる特別な魔王だ。

 このような最上位の存在は個々に支配領域をもつため、ほんらい特別な機会にしか召喚することはできない。しかしゲームの仕様と世界観との兼ね合いのために、分身であるアバターを生みだしてそばに置くことができると説明がなされている。


 じつをいうと、このクエストはラストバトルよりずっと難易度が高いと、風の噂で知ってしまっている。現代において、ネタバレを完全に防ぐのはなかなか難しい。

 そしてこれが、最後まで遊びきれなかった一因でもあった。


 この居心地がよい世界にもっと浸っていたくてクリアを渋っていたのは事実だが、勢い余ってクリアさせられないゲームの側にも問題はあるのだ。

 なぜ、ラスボスよりも強い隠し要素があるのか。

 それはより多くの人に最後までクリアしてもらいたいからであろうが、達成すれば難易度が上昇する仕様にでもしておけば、なにも問題はないだろうに。


「よし、それじゃあ話を聞こうか」


 なんど見たかわからない、例のセリフを言おうとすると──


「お待たせしました魔王さま! 私もいます!」


 突然、謁見の間に飛び込んでくる人影がある。


「ん……? 誰だっけ」


「そんな! 私のことをお忘れですか? サキュバスのアルディナです」


 ちらと容姿を眺めると、器量は良いが、どこか慣れていない感が丸出しの娘だ。

 とんがった耳をして、角とコウモリの翼を生やした典型的な見た目。昨今の風潮にも負けず、それなりに薄着の格好をしてくれてはいる。

 しかし妖艶というものは、顔の角度やポージング、その他もろもろ、確かな技術によって醸し出されているのだろう。

 目の前の娘は、どこがとは言わないが、それなりの大きさをもってはいるものの、サキュバスとしてはまだまだあか抜けない素朴さを感じてしまう。


 いまさら説明するまでもないことだが、この夢魔と呼ばれる悪魔の一種は、男性を食い物にするたいへん恐ろしい存在である。


「なんだかキャラが違くないか? 主人公に対して、魔王さまじゃなくてダーリンと呼んでいたし、それにもうちょっと色っぽかったというか、なんというか……」


「それに、魔王さまではなく、大魔王さまでございます」


「えっ! 失礼いたしました、わぁん。これでいいのよねっ、ダーリン♡」


 胸元で手を合わせてあざとく首をかしげると、長い黒髪がさらりと揺れた。


「無理するな。ちょっとおばさんっぽい喋り方が気になっていたから、べつにさっきのままで構わないぞ」


「やはり陛下もそう思っていらしたのですね。いまどきアレはちょっと」


「さすがはわが腹心ジミマイだ。会ってすぐわかる、波長が合う者の安心感」


「ありがたき幸せにございます」


「き、きっと翻訳の人がお年を召していたのよ!」


「NPCがメタ発言をするな!」


「ははー! たいへん申し訳ございません……」


 アルディナはまるで厄介な客に応対する新人店員のように腰を低くした。

 このサキュバスの違和感はいちど捨て置くとして、すぐに試練を思い出す。悠長に楽しんでいる場合ではなかった。俺にはタイムリミットがあるのだ。


「ところで、状況はどうなっている、ジミマイ」


「はっ。王国軍は幻影の森そばに陣営を張り、勇者どのは先ほどまで応接間で待っておられましたが、暇を持て余し、夜の街へと繰り出しておいでになられたようです」


「俗っぽいな勇者!」


「このまま陛下がお戻りになられないようなら、街の女悪魔たちをすべて連れて帰るとおっしゃられて──」


「平和な魔界を侵略しにきただけ!」


 どうやら実際のゲーム内では起こりえないことが起き始めていた。

 それはそれで楽しいが、エンディングを急がなければならない以上は、障害となる可能性をいだきはじめる。


「困ったものだ、こちらの留守を狙わないあたりは評価するが。というか、ちゃんと応対している悪魔もどうなんだ。相手は敵だぞ」


「それは陛下の方針に従っているためでありまして……」


「そういえば身内の揉め事は徹底的にたたき潰して、つい平和な魔王城を築きあげてしまった気がする」


「さようでございます。ゆえに城内の兵士たちの忠誠心は、すでにすべて上限に到達しております」


「うんうん、思えば大変だったなあ……」


 自分がいかにこのゲームにハマって、いや、愛していたかを思い知った。


「ハッ! 浸っている場合じゃなかった。早く勇者と対決しなければ!」


「かしこまりました、すぐ準備にかかりまする。かの者は酒場に向かったとの情報が入っております」


「よし、わかった。俺が自ら出向いて『早く攻めてこい』って言わなきゃ……って、どんなゲームだ!」


「伝令のインプを飛ばすこともできますが」


「正直あいつ、セリフが片仮名だらけで読みにくいんだよなあ……。誤解をまねいて行き違いになるとまずいし、ここはやっぱり直接いくよ」


「了解しました」


 酒場か。情報収集のために何気なく利用していたが、それはあくまでゲームの話。

 俺は普段、ある理由から酒を飲まないと誓っている。

 常に神経は研ぎ澄ませておきたいしな……。


「待っていろエゼルレオン。大魔王として勇者と戦うのが楽しみだ」

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