第36話 籠城戦
魔王城の防御は完璧といっていい。
島と陸とを唯一つなぐ城門前の跳ね橋を上げてしまえば、敵は侵略経路を失う。
兵糧はたっぷりと溜め込んであるし、空や水にも適応できる悪魔を用いれば補給が尽きることはない。
なによりもワープを使える魔神の存在がある。兵士にしろ物資にしろ、瞬時に直接移動させることができるのだから、もはや人間側に勝ち目などないのだ。
王国軍が縦長のやぐらを押し出す様子を見ると、アガレスは言った。
「敵は攻城兵器を用意し始めましたな」
「
「オーオ。いかがなさいましょう」
「ほどほどに矢を
王国兵は盾を駆使してこちらの攻撃を防ぎつつ、兵器を対岸に設置する。
そこから城壁に向けて板やはしごを伸ばそうとするが……。
「届かないみたいですね。あっ、兵士さんが湖に落っこちました!」
俺としたことが、城の守りを完璧にしすぎた。これでは敵が攻めては来れない。
『もっと長いはしごは無いの!』
『これが限界であります』
『なら森へとっとと木材を切り出しに行け!』
『不法伐採になってしまいます』
『兵器だって分解して運んできて、現地で組み立てなんですよ』
『くそっ、どいつもこいつもコンプライアンス言いやがって!』
俺は頭を抱えた。
難攻不落の城を建ててしまうと物語が動き出さない。
完璧主義者が創作で行き詰まる一端が見えてきた気がした。
弱点を露呈することを極度に嫌う己の性格、あるいは気質が、展開の構築を阻んでいたのだ。
完全に立ち往生となった勇者たちは、こちらに向けて口々に罵り始める。
『出てこい卑怯者!』
『跳ね橋を降ろせー!』
『大魔王のバーカ!』
『ゲームバランス考えろ!』
『ひきこもり!』
カチン。
「いいだろう。そこまで言うなら攻めさせてやる!」
引き篭もるのも才能とは言うが、完璧主義が生んだ悲劇を修正する必要が出た。
魔王たるもの、常にほどほどの攻撃を勇者に許す心の余裕が必要なのだ。
締まり切っていた部屋に風穴が空いて、むしろ清々しい気分だ。
「出でよヴィネ!」
指輪をかざし、新たなる魔神を召喚する。
するとたちまち、呼び声に応えて獅子の姿をした悪魔が現れた。
昔の人はどんだけライオン好きだったんだ。少しはかぶりとか考慮してほしい。
「グアアーオ! お呼びでしょうか、ご主人さま」
「側防塔をもっと張り出したものへと強化しろ。そして陸地側に護岸を施すのだ」
「それだと敵の侵入を許しますが、よろしいのですか?」
「なに、無策ではない」
「かしこまりました、ただちに」
ゲームではたまに、戦闘中に設備を建築するものがあって違和感があったのだが、こういう事情ならば仕方ない。なにより魔神ならそれができてしまうのだ。
ヴィネは毒蛇の杖を掲げて権能を行使する。
地形が次々と入れ替わって対岸は強固となり、城壁はふくらみを増していく。
『うわー、なんだ、なにが起きている!』
『見ろ! これならはしごが届くかもしれない』
『へへ、大魔王のマヌケめ。これで城を強化したつもりか』
バランス調整の末、ようやく戦闘が再開した。
王国軍は攻城塔をゆっくりと押し出して、最上部から弓矢を射かけてくる。
「いたずらに兵を失うわけにもいくまい。弓兵を下げ、槍兵を準備させよ」
「オーオ。かしこまりました」
ハルファスは、大楯と片手槍を構えたレッサーデーモンたちを次々と送り込む。
弓兵たちは護られるように、その後ろへと回り込んでいく。
上官のグレーターデーモンを配置して準備完了。完全な統率。士気は100%だ。
『よし、今だ!』
『乗り込めー!』
『わぁーーい!』
やめい! 俺の城は〇〇〇〇〇ランドではない!
「き、来ました!」
「大丈夫、ここに居れば安全だ」
続々とこちらの城壁に侵入してくる敵兵にアルディナが怯える。
反乱で処刑された王侯貴族たちは、このような心情をいだいたのだろうか。
「少しずつ戦線を下げて、連中をおびき寄せろ」
「なにを考えているんですかぁ!」
こちら側の損失はいまだわずかだが、すべて入ってこられては困る。
「ポンポン、侵入した敵の数は?」
「ソロソロ2000近クニナルゾ」
「頃合いか。ヴィネ、築いた砦を爆破しろ!」
「御意」
建築と破壊。これがこの魔神の権能だ。
側防塔が大爆発を起こし、板を渡っていた途中の王国兵たちが一斉に湖へ落下していく。
『うわあああー!!』
『なにい!』
『罠か!』
先ほどは勇者たちの実力を甘く見たが、次はそう上手くはいかせない。
「畳みかけるぞ。やばいのを呼ぶから、みな下がっていろ!」
「ど、どういうことですか?」
「いいからアガレスの後ろに隠れているんだ!」
立ち上がって腰の魔剣を抜き放ち、左手を掲げて叫ぶ。
「出でよ、アンドラス!」
指輪から放たれた光の先にシジルが浮かび上がり、悪魔が飛び出す。
そいつはすぐに身構えると、抜き身の剣を振り回して俺に襲いかかってきた。
「クワァーー!」
ゴイサキの姿をした魔神。
『ゴエティア』と別の伝承では、カラスやフクロウの姿であるとされている。
古い言葉は現代と用法が異なる場合があるため、解釈に違いが起きるのだ。
俺はアンドラスの剣を受け止めると、翻って即座に背後をとり、峰打ちをする。
「グワッ!」
「ハルファス! 早くこいつを城壁に飛ばせ!」
「オーオ! 今すぐ!」
魔神は戦地のど真ん中に放り込まれると、すぐさま暴れ始めた。
「ななな、何なんですか、あの方はーっ!」
「魔神のなかには、ああいう手に負えない奴もいる」
アンドラスは飛び上がると、王国兵に向かって呪詛を解き放つ。
すると彼らは、あろうことか同士討ちを始めた。
これがこの魔神の権能、不和である。
「あわわ、大変なことになってますよ!」
「あんな奴だが、やることはやってくれるのだ」
異変に気づいた勇者たちは、槍兵の相手を止めて魔神へと向き直る。
『なんだあのヤベー奴は!』
『今すぐ止めろー!』
やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、なかなか面白い戦場になってきた。
大魔王とは名ばかりで、もはやゲームマスターではないか。
白熱した戦いを演出するボスたちは、裏で緻密な調整を行なっていたのだろう。
大混乱の戦況を眺めながら、俺はふと思いに
詰まっていた物語を動き出させるには、時に弱さを見せる必要があった。
ミヤの語っていた、気質。
それは利点と弱点を兼ね備えた、キャラクターの便利セットだ。
己の気質は、HSS型HSPと呼ばれる外向性と内向性をはらむ矛盾したものだ。
とあるネトゲをしていたとき、光のエフェクトの眩しさに苦しみ、フレンドたちに苦言を漏らすことがあった。
輝度を下げると今度は洞窟などの暗部が見えなくなり、結局はコンフィグで設定を変えて、魔法の演出を消すしかなかった。
ゲームは拡張を重ね、あるとき一面が真っ白なダンジョンが登場した。
逃げ場のない光。吐き気と戦いながら、もうこんなゲームはできないと思った。
そんな自分に、親しいフレンドのひとりがこう言ったのだ。
『私はHSPなんだ』と。
ひょっとしたら君はそうなんじゃないかとは言わず、自らがそうと言うあたりが、彼の優しさである。
最初は半信半疑だったが、世間でも徐々に話題となり目にする機会が増えていく。
それらに挙げられた精神的な特徴──たとえば他者に気を使いすぎたり、心に傷が残りやすいというものだけならば、疑念は晴れなかったかもしれない。
だが肉体的な特徴──鋭い五感のせいで痛みを味わうという点は、まさに己が幼いころから味わい続けてきた謎の苦みであった。培えなかった何かではなく、初めから
そして調べていくうちに、どうやらただのHSPではないとの思いをいだく。
自分はHSSと付く、内気でありながら時に大胆な行動をとり、自らを傷つける行動をとってしまう少数派であったのだ。
これらの概念を知った者は、たいがい安堵するのだという。
俺もそうだった。長く苦しんできた原因にようやくたどり着けた気がした。
固い籠城の末に、想像の世界へと足を延ばし、俺は己を知ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます