第35話 野戦
『デモニック・キャステラン』は、魔界と人間界、異なるふたつの次元が衝突したことで一部の土地が重なった、なんとも表現しがたい世界観を形作っていた。
ワールドマップの北は氷で閉ざされており、東と南は濃霧で覆い隠され、西は魔海となっている。人間界が天の割れ目の先にあることを思えば、地下世界ということになろう。
プレイヤーが実際に支配できるのは限られた魔界のみであり、その中でほかの魔族たちと領域争いを繰り広げながら、人間とも戦わなければならない。
真っ先に海岸を押さえて資金を確保するルートを通った俺は、そこから川を伝って内陸に進み、湖に浮かぶ島に魔王城を建設し、その周囲に城下町を築いた。
情報不足ゆえにこれがベストかはわからないが、万全な防御態勢を整えつつ、順調に
しかし、城の付近には幻影の森と呼ばれる不可思議な空間が存在し、勇者と王国軍はそこに射し込む光の階段を通って、不意打ちを仕掛けてきたのである。
地続きの侵略を防ぐために兵士の多くは支城に回しており、収容数の限界まで確保していたにも関わらず、兵力はじつに倍以上の開きがあった。
最初から籠城する選択肢もあるが、まずは城外で戦うのが物語上でのセオリーなのだろう。
「何事も始まりが肝要でございますぞ」
玉座の左に立つアガレスが口添えをすると、右のジミマイが続いた。
「視認しやすいよう、正面へ情報を回しましょう」
北を統べる魔王は、いかなる
魔王城の前方には何もない平原が広がっており、その先に森がある。
魔界の夜は赤黒く、どこまでも見通すことができるようだ。
中央部には、勇者たちを先頭に、隊列を組んだ王国軍が見えた。
「兵には兵をぶつけ、勇者たちには魔神の相手をしてもらうとするか」
「オーオ。それがよろしいかと存じ上げます」
「手始めといえば炎攻撃であるな。ならば奴を喚ぶとしよう……おっと、先に魔法陣を敷かねば」
魔神のなかには、召喚主に敵対的な行動をとる者も存在する。
俺は懐から魔石を取り出すと、正三角形を描くよう、同時に放り投げた。
「出でよ、フラウロス!」
手の甲を向けて指輪をかざすと、たちまち豹の姿をした悪魔が現れた。
「ガオオオッ! 俺を喚んだのは……あっ! これはこれは大魔王さま」
自らが魔法陣の中に立っていると気づくと、魔神はすぐに態度を改めた。
「これで嘘はつけまい」
「むぐぐ……。なんなりとご命令ください」
「まずは挨拶代わりだ。グレーターデーモン3体、レッサーデーモン300体を率いて王国軍を焼き払ってまいれ」
「ハハッ!」
「オーオ。では送りますぞ……」
目の前の魔神がかき消えると同時に、指定した戦力がたちまち出現するのが映像で確認することができた。
王の間には、勇者と王国軍のあいだに広がるどよめきまでもが聞こえてきた。
『ひえええ! ななな、なんですかあれは!』
『うろたえるな! 魔神は俺たちが相手をする。お前たちは雑魚を頼むぞ!』
『か、かしこまりました!』
勇者と指揮官らしき者の声を拾う。
こんな芸当をできるジミマイは、やはりほかの魔神とは一線を画している。
「先手必勝。焼き払え、フラウロス! 後方の弓部隊を狙い撃て!」
『グガオオオオオ!!』
それが合図だった。
豹の魔神は大きく跳び上がると、中空で口から大爆炎を放出する。
一面が火の海で包まれ、兵士たちの阿鼻叫喚が聞こえてきた。
「キャハハ! 今ノデ10人ガ即死、20人ガ負傷ッテトコダ!」
「ひっ……」
インプの報告を受けて、アルディナが俺の裾をつかんだ。
『うおおお! 俺に続け!』
『おう!!』
燃え盛る炎を突き破って、勇者たち五人のパーティが現れる。
『ガオオオ!』
『乱れよ炎、《ファイアー・ディスラプト》!』
『ガウ!?』
『炎を封じりゃこっちのものよ!』
『今だ、かかれ!』
『グガアアア! 舐めるな! 皆殺しにしてやる!!』
フラウロスは勇者の聖剣を爪で受け止めると、逆の手でひとりをつかんで別の者に投げつける。
心のなかで、この悪魔を従えるために戦ったときのことが思い出されてきた。
現在は従えていれど、魔神は魔神。とうてい人が叶う相手ではない。
だが勇者たちは一致団結し、すぐに立て直して善戦をしている。
「クハハハハッ! これは直接戦うのが楽しみになってきた。さあ、ここまで来るがよい、エゼルレオン!」
側らのアルディナは俺の腕からそっと手を放し、胸の前で合わせる。
恐れているのか? 逆に俺は興奮してきた!
「迎え撃てデーモンたちよ! 人間どもを返り討ちだ!」
双方の兵士たちから
悪魔と人間の部隊が正面から烈しく衝突した。
俺は妥協しない主義だ。側近から末端の兵士に至るまで、彼らが装備できる最高の装備を与えている。
戦力は目に見えて差がついていた。漆黒の体躯をもつ我が軍は、白い敵兵を次々と赤く染め上げていく。
『引けー、引けー!』
魔神と接戦を繰り広げる勇者たちとは逆に、王国軍はいちど戦線を下げる。
「なんだ、拍子抜けだな。弱い、弱すぎるぞ」
「キシシシ! 奴ラ、モウ100以上モ失ッタゾ!」
さすがに強くしすぎたか。せっかくこんな大迫力の戦闘を目にする機会に恵まれたのに、すぐに終わってしまっては残念だ。
そう思っていると、王国軍の背後から竜を模した戦車のようなものが城に向かい、音をたてて動き始める。
「何だあれは?」
兵士たちと入れ替わりに現れた竜戦車。もしや図鑑で空白になっていた、最終戦の専用エネミーか?
見るからに火炎攻撃をしてきそうだが、こちらのデーモンたちは総じて属性耐性が高く、フラウロスに至ってはほぼ喰らうことはないはずだ。
砲撃が開始された。
黒い海のように密集したこちらの隊列に、次々と穴が広がっていく。
「なに! 炎と物理の複合攻撃か!」
これは現実の戦いではない。持ち込んだ知識は通用せず、この世界のルールと仕様を把握しなくては勝つことはできない。
『グアアア! 貴様、なかなかやるな……!』
『そっちこそ! まだまだこれからだ!』
『兵士に負けるな! 大技で突破口を開け!』
『みんな下がって! 行くわよ、《ブライニクル》!』
なに! 俺が名前を設定した数少ない氷結の呪文。
女魔術師の手から氷の渦が巻き起こり、辺り一面を凍らせていく。
『ガウウウ! 何だこれは!』
『今だ! くたばれフラウロス!』
勇者が高く跳躍した。
足元を氷漬けにされ身動きの取れない魔神は、両手で顔を覆うも、その手ごと両断されて砕け散った。
『グッハァッ!』
『やったぞ!』
『勇者たちがフラウロスを倒した!』
『うおおおおお!!』
やりおったな……。だがこうでなくては面白くない。
「
「オーオ。御意」
「ムググ! アイツラ負ケテタノニ!」
「攻められたら城は、城下町はどうなってしまうのです?」
「大丈夫だ。奴らは直接こちらに向かってくる。そういう奴らだ」
「そうなのですか?」
「交渉の余地というものは残しておくものでございます、アルディナどの。非戦闘員に手を掛けてしまっては、こちらも根絶やしにしなくてはならない」
動揺したサキュバスに、ジミマイは落ち着き払って答えた。
「そうだ。これは防衛戦。撤退させるのが目的だからな」
「早く帰ってください……」
「オーオ。次は籠城戦にございます」
戦いは次の盤面に移った。
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