第3章 総て一掃、朗らかに
第34話 開戦
女神の御前に立つのはこれで何度目か。
見まわせば、最初に訪れたときと同じく一面が白く染まった部屋。
ミヤにとっては死の色だが、俺にとっては何を意味する色なのかは定かでない。
「おぬしらいったい何をしておったんじゃ? えらく時間がかかったな」
「レベル上げをしたり全滅をしたり、すぐにボスとはいかなかったんですよ」
「寒いしとても大変でしたぁ……」
「ご苦労であった。じゃが、もうじき約束の午後六時になるぞよ」
「えっ、そんなに?」
思わず周囲を確認するが、窓ひとつない奇妙な空間では時刻を計りようもない。
「わらわはこれからお風呂にご飯と忙しいのじゃ。とっとと次へ行ってまいれ」
「ご飯……。そういえば今日はなにも口にしてないや」
「お腹まったく空きませんね。精神的にはだいぶ疲れましたが、肉体的な疲労もないです」
あらためて、死の世界に居ることを実感した。
アマテラスがどのような食事をするのか興味はあるが、下々の者には縁のないことである。
「もうお腹ぺこぺこなのじゃ……」
「それは失礼いたしました。次に向かわせてください」
「たいへんお疲れ様でございました」
ふたりしてひざまずくと、女神はトンボでも捕まえるかのごとく、ぞんざいに指をくるくると回す。
即座に黒い渦が巻き起こり、たちまち視界が暗くなっていった。
次に気づいたときには、例の玉座へと腰を下ろしていた。左の肘掛けには、毎度のようにミヤの演じるアルディナが横座りしている。
目の前には、政務官に設定した悪魔や伝令の小悪魔の姿があった。
「ああ、ようやくお戻りになられた。陛下、お待ちしておりました」
「ジミマイ! 来ておったのか」
魔界の北方を守護する四大魔王の一柱が玉座の前にかしずくと、ほかの者も一斉にそれにならう。
「そうか、ついに勇者との決着か」
「さようにございます。すでに全軍団が定められた配置につき、決戦の合図を心待ちにしておりました」
『デモニック・キャステラン』には、小規模な戦闘から育成までさまざまな要素があるものの、こういった大規模なものはシミュレーションゲームのそれである。
つまり、数百数千の単位で兵士が命を落としていくのだ。
女神の作り上げたこの仮想空間に感心するばかりで、そのことには意識がまったく向いていなかった。
同じく異様な雰囲気を感じ取ったのか、アルディナがそっと袖を引く。
「戦争、か」
いまさら怖気づいたのかと
なぜなら今の俺は、この世界の全土を統一した大魔王であり、人類の敵なのだ。
これまでも数字上で増減を繰り返す兵士たちを駒とし、あまたの戦いを繰り広げてきた。いったいどれだけのレッサーデーモンが死んでいったのか、気にすることなど一度もなく、ただ命じていたのだ。
そんな大魔王に挑むのが、人間に残された唯一の光──勇者。
いったいどちらに正義があるのかはわからない。
ただひとつ言えることは、もう後戻りは不可能であるということだけ。
「時刻は?」
「午後六時まで、残り十分ほどでございます」
「余は何をすればいい?」
「ただ命ずればよろしい。さすれば、悪魔は命を賭してあなたさまに従うでしょう。そのソロモンの指輪に懸けて」
「そうか……」
初めから名を冠する悪魔の数は多い。
さすがにすべてを一度に実装するわけもにいかなかったようで、ソロモン七十二柱のうち登場するのはわずか十二体に過ぎない。そこに四大魔王、北のジミマイを加え計十三である。
一介の人間が居城を手に入れ、城下町を造り上げていくというストーリーの都合、建築や建造、生産や調達、移動や輸送、
つまり、戦闘に長けた上位魔神は意外と少ないのだ。
画面上で遊ぶのとは勝手が違うが悩んでいる暇ははない。ジミマイに初歩的なことを尋ねるのも
「お呼びでしょうか、陛下」
「どう戦えばいいか教えてくれ」
「何はともあれ、兵站を司るハルファスを召喚するとよいでしょう」
「なるほど」
老魔神の助言に従って指輪をかざすと、ヒメモリバトの姿をした悪魔が現れた。
コウノトリで描かれることもあるが、当作品は魔導書『ゴエティア』に記載されたデザインを尊重しているようだ。
「オーオ、オーオ……。お呼びでしょうか、わがあるじ……」
しわがれて、耳あたりが良いとは言いづらい声を発する。
いちど仲間にしてシステムに組み込まれた以降は召喚する必要がなくなり、小規模な戦闘にあえて連れていくこともなかった魔神である。
これはあくまでゲームで実際の戦いとは違う。だが遊び方を説明してくれと尋ねるのも白けるので、少ない語彙で言葉を選ぶ。
「よく
「オーオ。インプの部隊を偵察に出し、逐一戦況を把握するとよいでしょう」
「なるほど、だがどうすればよい?」
「オーオ。ただ命ずればよろしい……」
画面がないとずいぶんやりづらいものだ。こんなことなら、もう少しその手の映画やドラマを見ておけばよかった。
「おい、そこのインプ」
「ハッ、オ呼ビデスカ」
「お前はミーク……ではないか。うーん、お腹が出てるからポンポンの名を与える」
「ポンポン? ポンポン!」
「インプの部隊はお前に任せられるか?」
「モチロンデス」
「では今すぐ戦場に出向き、敵の総人数を報告しろ」
「タダイマ行ッテマイリマス」
次は何をするべきか考えようとすると、出ていったばかりのインプが戻ってきた。
「なんだ、忘れ物か?」
「イエイエ。敵ノ勢力ガ判明イタシマシタ。勇者ト仲間ガ5、王国軍5000トナッテオリマス」
「もうわかったのか、というか知ってただろ!」
「演出ノ問題デス」
「まあいい、味方の兵数は?」
「2000グライカナ」
すると黙っていたアルディナが口を挟んだ。
「大差で負けてるじゃないですか!」
「悪魔と人間では戦闘力が違うから問題ない」
「そうなんですか……失礼いたしました」
仮に十三体の魔神をすべて解き放せば、一瞬でカタがつくのではないだろうか。
だがそれは、俺の望む戦い方ではない。
「オーオ。双方ともにすべての兵力を使えるわけではございません。あちらの戦力を二、三割も削れば撤退するでしょう」
「なるほど、それもそうか」
「すでにテンマさまは守備配置を完了しております。何もせずともある程度は防衛ができましょう。ですがあちらには勇者が、こちらには魔神がございます。適宜、召喚を駆使して戦力を送り込むとよろしいかと」
「送り込む?」
「さよう、それがこのハルファスの権能にございます。オーオ……」
テレポートさせるという意味か。たしかにそのような設定があったのを思い出す。
それでは敵の総大将のもとへいきなり魔神を送り込むなんて反則技も使えてしまいそうだが、これが現実ではなく架空の世界で本当に良かった。
あらかた事情が呑み込めたところで、アガレスは言った。
「城は固い。しかしまずは城外にて出迎えるのが定石かと存じ上げます」
「わかった、そうしよう」
流されるようにしてうなずく。
側らに控えるジミマイは小さくつぶやいた。
「見物ですな……」
不意に身を襲ったこの寒気が、戦いによるものか、上位魔神によるものか、俺にはわからなかった。
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