第24話 女神のテラス

「さて、お次はどうするのじゃ? いちどデモキャスに戻るのか?」


「うーん、あの世界では午後の六時までやることもないんですよね」


「まだまだ時間がありますね」


 戻ってきた俺たちは、女神の御前に立っていた。

 ここは太陽が照りつけるテラス。大きなパラソルの下に据えられたデッキチェアに横たわり、サングラスを掛けた女神が、優雅にオレンジジュースをすすっている。


「なんなんですか、そのくつろぎっぷりは」


「これがわらわのお役目なのじゃ」


「寝てるだけでは?」


「失礼な。わらわはお外に出るだけで偉いのじゃ」


「うらやましいです……」


 まったく、とんだ女神がいたものだ。

 世界中くまなく探したとて、ここまで怠惰な神さまもいるまい。

 神話にはそれなりに詳しいと思っていたが、ゲームばかりして、お菓子を食べて、日向ぼっこしてる女神なんて聞いたこともない。

 いったい何者なのか、少し探ってみることにするか。


「ところでアマテラスさ──」

「あっ!」


 俺とミヤは同時にハッとした。


「ぐーすかぴー。ぐーぐーぐー」


「露骨すぎる!」


「まさかあなたさまの正体は!」


「伝説のひきこもり!」


天照大御神あまてらすおおみかみさま!」


「その言い方はやめるのじゃあああ!」

 がばりと起き上がった女神は、こちらに向けて大声を張り上げた。


「スサノオのあたりで気づくべきでした」


「まさか日本神話で一番偉い女神さまだったなんて」


「ふん、だからわらわは最初から言っておるのじゃ。なにしたってよいと」


「それもどうかと思うけど……」


「お外に出てあげてるだけ、ありがたいと思うことじゃ」


「それはまあ、そうですね。太陽が出てくれないと、人間は困ります」


 太陽神でありながら天岩戸あまのいわとに引き篭もり、人の世を混乱に陥れたのは有名だ。

 わざわざ天下のテラスに出てくるとは、ひょっとしたら気づいてほしかったのかもしれない。


「というか、最初に俺のこと無間むけん地獄に送るとか言って脅してたけど、世界観ちがうじゃないですか」


「言葉のあやというやつよ。わらわはいろんな異世界に興味があるのじゃ」


「日本らしいと言えば日本らしいですね」


「うむ。わらわだってクリスマスとかハロウィンしたいしのう」


「しっかりして、主神!」


 アマテラスは自慢するかのごとく、ややふんぞり返った。

「わらわの時間は無限にある。だからこの世のすべてのゲームを遊んでおるのじゃ」


「それもうゲームの女神じゃないですか」


「掲示板もチェックしておる」


「そんなことまで!」


「うむ。たまにお絵描きをスレに投下して、『神!』とか言われておるのじゃ」


「バレてる? いや、バレてない! いったいどんな絵を描いてるんですか!」


「本当は女神なんじゃけどなあ~」


「論点はそこじゃない!」


 するとミヤは、仲間を見つけて嬉しそうな表情を浮かべた。

「女神さまも絵をお描きになられるんですね」


「わらわは万能じゃ。今はおぬしたちを描いておるのじゃが、見るかえ?」


 そう言って一枚の紙切れを渡してくる。さすがは女神、最高級の和紙だ。


「どれどれ、君の絵だ。って、ぶーっ!」


「なんで服を着てないんですかぁ!」


「まだデッサンの途中じゃからのう」


「透視しないでください!」


「次はおぬしを──」


「お願いだからおやめください。誰も得いたしませんので」


 くだらないやり取りを続けていると、唐突に女神は口の端を緩ませる。


「ところで、ここで油を売っていてよいのかえ? ほうら、また時間が進んだぞ」


「し、しまった、罠だった!」


「ご一緒にいるとつい楽しくて……」


「べつにわらわは、おぬしらを手元に置いてやってもいいのじゃがなあ」


「精神を試されている。どうか次に行かせてください」


「急ぎましょう!」


「さて、何にするかのう」


 アマテラスは傍らのテーブルから台帳を取ると、パラパラとめくり始める。

 選びながら、真面目な口調で言葉を漏らした。


「ひとつ言っておくとな」


「なんでしょうか」


「わらわは、最後までやりきった作品が好きなのじゃ」


「くっ……」

「うっ……」


「最近は儲け主義で、途中で終わってしまうものが多くて残念じゃ」


「まあ、たしかにそうですね」


「一生に一作品のレベルで魂を込めたインディーズゲーのほうが、出来が良い始末」


 俺はなにを聞かされているんだ。

 だが、この胸に突き刺さる痛みはいったい。


「すこし軽いのといこうか。おぬしもいくつか遊んで、止まっているものがあろう」


「私ですか? 滅多にゲームはしませんが」


「どんなのをやるんだ?」


「ええと、勉強のために、イラストと会話が多めのものを」


「ノベルゲーか」


 その手のものをほとんどやった記憶がない。

 やはりバトル要素を求めてしまうのは、男のさがか。


「二年前の作品じゃな。税込み価格19,800円……」


「たっか!」


「値段やめてください!」


「『恋愛乙女紀行 ~私と彼のシークレット・ビーチ~』」


「ちょっ!」


「いやあ、恥ずかしい!」


「それでは行ってくるのじゃ」


 さも楽しそうな笑みを浮かべ、追い払うように手をこちらに向けて仰ぐ。

 なにを企んでいるのかと思いながら、俺たちは光に包まれていった。

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