第23話 長き旅の終わり

「フラガリア! 大丈夫か!」


 俺は急いで駆け寄り、小さな体を抱きかかえた。


「マスター……最後に戻ってきてくれて、うれしかった……」


「おい、しっかりしろ! 目を開けるんだ!」


「ごめんなさい、もう魔力が空っぽです」


「残りの試練……逃げずにがんばって、ね……」


「フラガリアだめだ! いくんじゃない!」


「いや、そんな、死なないで……」


 デンドロンの目から大きな涙がこぼれ落ちる。

 火照った腕の中で、か細い体が急速に冷たくなっていく。

 儚い少女の命は、蝋燭の灯火が消えるように、たったいま燃え尽きた。


「くっ……守れなかった……」


「うぅぅ、どうして……」


 アルフィンとアロキャメルスも悲しそうに亡骸なきがらをのぞき込む。

 自らが想い描くヒロインのよすがとなったプロトヒロインは、死んだ。


「ほい、《リザレクション》」


「あー、痛かった」

 アマテラスの唱えた復活の呪文により、フラガリアはむくりと起き上がる。

 

「それではエンディングに向かうとするかのう」


「そうですね」


 二体の魔獣も尻を向けて、出入り口へと戻っていく。


「い、いったい今の時間はなんだったの。私の涙かえして!」


「というか私、ヴァンパイアだし。最初から死んでる」


「そうでした……」


 本作は中盤から熱い物語となっていったのだが、初期のころはギャグだった。

 ともかく、心残りだった旅は終わった。

 扉を開けると、すでに街の炎は消えていて、すべてがゲームを始めたときの様相に戻っている。懐かしさに込み上げてくるものを感じた。


「わらわは一足先に帰るのじゃ。おぬしらはゆっくりエンディングを楽しむがよい」


「ありがとうございました、アマテラスさん」


「女神さま、助けてくれてありがとうございます」


「戻れ、アルフィン、アロキャメルス」


 高らかに叫ぶ魔獣の姿をしっかりと目に焼きつける。

 配下の魔物を帰還させると、この妖精郷を守護する女神の衣装をまとった女性は、姿を消した。


「それじゃあ、お別れだ」


「ばいばい」


「短い時間だったけど、ありがとうございました」


「また会えるといいんだがな……」


「忘れたの? 次の作品もあった」


「ああ……」


 すっかり忘れていたが、この世界の住民が登場するゲームがいちおう存在した。

 しかしまったく異なるシステムであり、つながりが希薄だったため、すぐにやめてしまったのだ。

 同じ姿をしたこのヴァンパイアも仲間にはしたのだが、とくにストーリーに関わるわけでもなく、プレイヤーを移行させるために再利用した感が半端なかった。

 同様の人は多かったようで、すぐにサービスを終了した。続編と言えたかどうかも疑わしい。


 振り返れば、この作品の前にも、二つほど関連作があったらしい。

 運営期間を思えば、三度目の正直でつかんだ成功とも言えるだろうが、次回作には活かせなかったようだ。


 思うに、悪い部分は目についても、良い部分を見極めるのは難しい。

 良作がしばしば続編に失敗してしまう理由は、そこの視点に欠けてしまっているのではないだろうか。

 作り手は挑戦をしたがるが、ファンが望むのは一新された世界などではなく、改善に過ぎないのであろう。


「妖精の世界も見納めか」


「あ、エンディングが始まりましたよ」


 辺り一面は暗くなり、虚空にムービーが流れ出す。

 見覚えのある面々が愉快な会話を繰り広げる。

 案内役として、旅を初めから終わりまで見届けた者。

 敵として出会い、のちに仲間になった者。

 冥王に従っていた悪を受け入れ、共に世界の再生を目指す者。


「懐かしいなあ。あれ、あんな奴いたっけ?」


「私にはさっぱりわかりません~。おまけに二度とやれないなんて」


 最後は、世界を救った者には似つかわしくない、いや、ふさわしい日常の一コマで締めくくられ、物語は終わった。

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