第22話 最後の戦い

 冥王クロム・クルアハ。

 ほんらいの伝承では太陽神であるが、人身御供を捧げられたことから、悪魔として描かれた闇の姿をモチーフとしている。

 豊穣神はしばしば死神としての側面をもつが、この神の場合はほかの勢力によって貶められたパターンのようにも思われる。


 いずれにしても、詳しくはわかっていない神であるがゆえに、ゲームのストーリーではさまざまな物語が付け加えられた。

 十二体の魔王を率いて人間界に侵攻し、瞬く間に世界は暗闇に閉ざされた。

 プレイヤーは生き残った最後の希望として、共に戦う魔物を集めながら、魔王たちから都市を取り戻していく。

 そしてすべてを倒したとき、冥王との最後の対決が待っているのだ。


 現実の時間も含めて、長い戦いだった。

 俺はすべての配下を倒し終わり、あとはラスボスだけだったのだが──


「よく来たな、妖精郷の魔物使いエヴォカーよ。われが直々に出向いてやったぞ」


「お前がクロム・クルアハ……!」


 それは神だ。

 命を刈り取る死神だ。

 そして冥府に堕ちたる魔神なり。


「驚いたぞ。貴様の自宅、まるで牧場ではないか」


「そうなんですよ。ユニコーンとかケルベロスがそこらでフンしちゃうので……」


「なにフレンドリーに会話してるんですかー! てかここどこ!」


 扉の先には、広大な草原が広がっていた。

 旧時代のソシャゲであるがため自動で重複したキャラを凸──成長させるシステムではなく、合体する魔物を大量に管理するための領域が必要だったのだ。


「木が生えてるだけで殺風景すぎやしないか。調度品でも置いたらどうだ」


「屋外でそんなもの置いても、クリックするとき邪魔ですからね」


「なるほど。それもそうだ」


「た、戦わないのですか?」


「いいや。こいつをシバくために戻ってきたんだ。悪いが冥界に帰ってもらおうか」


「ククク、配下をすべて殺されて、ここで引き下がるわけにもいくまい」


「ではゆくぞ、クロム・クルアハ!」


「来い、人の子よ! なんじらの命、根こそぎすべて刈り取ってやろう!」


 最後の戦いが始まった。

 冥王は両の手を掲げ、呪文を唱え始める。その足元には波状の赤い爆炎が広がり、熱波となって吹きつけてくる。


「フラガリア、《ファイア・ヴェール》! デンドロン、《マジック・バリア》! 衝撃に備えろ!」


 そう叫んで、自らは再生の呪文を唱える。

 人間の身では魔物の戦闘力に勝つことは敵わない。それゆえ、回復・補助は元よりお手のもの。

 女神はアルフィンとアロキャメルスに攻撃の指示を出す。

 その攻撃は不可視の障壁によって、跳ね返す音とともに防がれる。

 直後、大爆炎が戦場を焼き払った。


「大丈夫か!」


「こちらは平気です!」


「さっきのはなんだ。敵にもバリアが?」


「気にするでない、己の役目に集中するのだ」


 ほんの少し悔しかった。復帰して、必死に攻撃スキルを強化した日々が蘇る。

 もともと回復の得意なドライアドはともかくとして、ヴァンパイアはほんらい攻撃に特化した魔物。フラガリアはさぞ歯痒い思いをしているに違いない。

 だが、アマテラスが使役する強力な魔物たちに比べたら、俺たちの攻撃が雀の涙であることは判然たる事実だ。

 余計なことをして晒されたくはない。馬鹿げた恐れが脳裏をよぎった。


 目の前の戦いに集中する。

 支援をこちらに委ねている以上、女神の魔物は補助を積んでいない。

 こちらが落ちたら大惨事。今はやれることをやるだけだ。


「敵が増えました!」


「ああ、召喚はこちらの特権ではない。ひたすら身を守るんだ」


 冥王が最初に張った障壁は壊れ、ダメージが通りだす。

 追加で現れる配下は、倒しても際限なく呼び出されてキリがないため、本体を先に倒す戦い方もあるが、アマテラスはこちらのダメージを最小限にするためか、頭数を減らす選択をしたようだった。

 目の前で、堕天使たちが一瞬で散っていく。


「あの子たち凄いです」


「ああ、桁が違う……」


「さすがは石油王」


 最強の魔物アルフィンの斬撃は美しく、アロキャメルスの打撃は重い。

 このような光景をまざまざと目にすることはほかにない。

 思わず見惚れていたくなる気持ちを抑え、敵の挙動に意識を凝らす。


「次だ。いちど後方へ逃げろ!」


「はい!」


 全力で逃げる。

 禍々しい異質な音に振り返ると、みっつの影が混沌に飲みこまれていた。


「だ、だいじょうぶでしょうか? ここからじゃ回復も届きません」


「今は見守るしか……」


 つづけて凶悪な劫火が吹き上がる。

 人の身であんなものを食らった日には、骨すら残らないだろう。

 煙が散っていくと、女神たちの無傷な様子が見てとれた。


「も、戻るぞ」


「はい……」


 ふとここは、空想なのか現実なのかわからなくなってくる。

 この世界で死んだらどうなってしまうのだろうか。

 俺たちは、まったく同じ恐怖をいだいたに違いなかった。

 戦いは順調。このままいけば……とはならないのがこのゲームだ。


「あれ? 指示と違うような」


「第一発狂だ! 攻撃がひどくなるぞ」


 RPGというのは、アクションに比べると操作は少ない。

 しかし時間制限つきのターン制ともなれば、その情報量はかなりのものだ。

 現役時代は、追い立てられるなかで、皆これを把握していたのか。

 ときおり話題となった上位プレイヤーの動画では、とてもではないが素人には真似できない迅速な手捌きがうかがえた。


「次は瀕死級の割合ダメージじゃ。回復を頼むぞ」


「はいい!」


 初見でこれをやらせるのは無茶が過ぎる。

 十二体の魔王を倒した俺ですら、時の流れで動きを忘れかけているというのに。

 だがアマテラスはさすが廃神。指示にまったく無駄がない。

 アルフィンは翼をもたない獣だが、俊敏な動きで攻撃をかわし、鋭い鉤爪で攻撃を仕掛ける。さらに加えて追撃の多段攻撃。あまりの速さに目がついていけない。

 一方のアロキャメルスは緩慢だが、味方を庇いながら、長い首を振り回して鉄槌のごとき重い一撃を打ち下ろしていく。あれに当たれば骨が粉微塵こなみじんになりそうだ。


「ぐうう……おのれ、おのレ、オノレェ! オ遊ビハ、ココマデダッ!」


「か、顔が歪んだ!?」


「第二発狂だ! これを乗り切れば勝てる!」


「いよいよ大技が来る! 水の耐性を上げ忘れるでないぞ!」


「フラガリア、《アクア・ヴェール》だ!」


「わかった」


 しかし──

 突然、俺たちを囲むように、真っ暗な領域が広がった。


「こ、声が……」

「なんですか、これ……」


「沈黙攻撃!? 予測と違う!」


「しまった、再生回復で体力が戻り、発狂前のパターンにずれたのじゃ!」


「そういやそんなことが……」


 いちど傷が癒えた冥王の体に、アルフィンの爪が襲い掛かる。

 第一発狂に戻った行動が、再び第二発狂に突入した。


「ぐうう……おのれ、おのレ、オノレェ! オ遊ビハ、ココマデダッ!」


「いや、もういちど言うんかい!」


「ツッコんでる場合か! はよう耐性を上げよ!」


 だがフラガリアは喉をやられて呪文が使えない。


「ま、まずい……!」


「コレデ終ワリダ!!」


 目の前に、すべてを流し尽くさんばかりの大波が現れる。

 終わった。

 俺は二度目の死を覚悟した。

 激しい爆流。

 仲間たちの悲鳴が聞こえる。

 つかんだ最後のチャンスもここまでか……。


「あれ、生きてる?」


「マスター、最初に自動復活の呪文かけた」


「はやく態勢を立て直しましょう! ってあれ、魔法が……」


「いつの間にか魔力にまでダメージを受けていたか」


「私はまだある」


「回復は諦めて、このまま押し切るのじゃ!」


「フラガリア、《ダンジングエッジ》だ!」


 味方と敵が繰り出す最後の攻撃が交錯する。

 光と闇がすさまじい音をたててぶつかり合う。

 やがてそれらが消えたとき、ぼそりとつぶやく声がした。


「グハッ……我ガ野望モ、ツイエタ、カ……ヨクヤッタ……エヴォカー……ヨ……」


「た、倒した……」


「終わったのですか……?」


 冥王の姿がかき消えると同時に、ヴァンパイアの少女が崩れ落ちた。

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