第20話 石油王
遠目からは女性と思われる人物は、こちらの気配に気づいた様子もなく、森の小道をすたすたと進んでいく。
「あとをつけてみよう」
「あれも魔物さんでしょうか?」
「いいえ、明らかにプレイヤーの気配だわ」
「こんなところに人がいるなんて、開発者かエミュ鯖で遊んでる不届き者か」
先ゆく謎の人影とはどんどん距離が縮まっていく。
やがて、柔らかそうな白いベールをかぶっているのがはっきりと見えてきた。
「もしやあれは激レア衣装のゴッデス・ペプロスか! 常にあれを装備していた人物には見覚えがあるぞ」
「そんなに貴重なものなんですか?」
「最初期に期間限定を
「昔のソシャゲあるある!」
「そ、そうなんですか。それはあとから始めた人にはつらいですね」
「見た目が良すぎたために常に論争の火種となって、他者に気を使うタイプの人は、人前で装備をしなくなったと言われているわ」
「でもそんななかで、見せつけるようにして常に装備してたヤな奴がいたんだ」
「まあ悪いことはしていないので、難しいところです……」
まったくもってそのとおりではある。
「そうだ、思い出した。そのプレイヤーの名前は『アマテラス』。新規の課金要素は即日にコンプリートして石油王と呼ばれていた。常にボスも最速でクリアする圧倒的な強さを誇っていたから頭もいいとされ、妬みや
「す、すごい盛られていますね」
「ああ、いわゆる廃人を超えた
「なんだか目に浮かぶようです」
このゲームにおいては弱者であった俺は、晒しに
「ついでに思い出した。『スサノオ』っていう攻撃的で嫌な奴がいて、最終的にそこを追い出され、俺たちパンピーはほくそ笑んだもんだ。奴も重課金だったけど、頭は弱かったからな!」
「……まさに負け組の妬み、僻み」
「うるさい! 魔物がマスターを馬鹿にするな!」
「もうすぐ追いつけそうです」
「あの姿、やはりアマテラスに違いない。走れふたりとも。ラスボスをキャリーしてくださいってお願いするんだ!」
キャリーとは、ネトゲで強者が弱者を勝利に導いてあげることである。
「他力本願、寄生根性……」
「大魔王さまのプライドどこ!」
「ここではただの人間だ!」
足音に気づいたのか、その女性は歩みを速めた。
すかさず俺は呼び止める。
「待ってください! あなた、アマテラスさんですよね?」
「ギクッ!」
相手は飛び上がらんばかりの驚きを見せた。
「ああ、やっぱりそうだ。懐かしいなあ。俺はテンマって言います。まあ、覚えてはいらっしゃらないでしょうけど」
彼女はフードに手を当ててうつむきながら、しぶしぶと振り向いた。
「あら、もしかして女神さまではないですか?」
「ちちち、違うのじゃ! わらわはアマテラスなんかじゃないのじゃ! それに女神なんかでもないのじゃ!」
「いや、その口調、慌てて顔を隠してもバレバレですよ」
「もしかして、見かねて助けにきてくれたんですか。ありがとうございます!」
「ぐう……。そ、そーいうことにしといてやるのじゃ」
「まさかアマテラスさんの中の方が女神さまだったなんて。そりゃあ人間が神に敵うわけないですよね、なんだかほっとした」
「勝てないのは本人の問題……」
ボソリとつぶやく配下の魔物を無視して、話を続ける。
「女神さまなら話が早い。仲間はすでに散り散りだし、ほかのプレイヤーもいないしで、どうにも詰んでるんです。ラスボス倒すの手伝っていただけませんか?」
「むう。わらわもさすがに無茶だと思って、こっそり様子を見にきたのじゃ」
「この人、だいぶ前からいた」
「人ではない、女神じゃ! 被造物の作ったものをわらわがどう遊ぼうが、勝手なのじゃ!」
「わかったわかった。それで、女神さまは魔物をまだ残していらっしゃいますか?」
「うむ、準備は万端なのじゃ。わらわが居ればふたりでも倒せるじゃろう」
「さすがでございます……」
本来はプレイヤーがたくさん集まって、おのおのが魔物を従え、力を合わせて戦う強敵なのだが、一部の上位層はソロで問題なく倒していたようだ。
それほどまでに戦力格差が大きいゲームであり、バランスを思えば
いつ終わるかと言われながらもワールドマップを拡張して、世界がまだ続くことを期待させながら、最後には大人の事情で限界を迎えた。
それでもストーリーとラスボスを出しきったのは誠意があったと言えるだろう。
足りなかったのは、ただ、己のほうだったのである。
「なにを感傷に浸っておる。わらわは、おぬしらが頼ってくることを密かに期待しておったのじゃ。この衣だって単に気に入って装備していただけで、見せつけるつもりなんてなかったのじゃ」
「アマテラスさん……」
「しかし今、おぬしはわらわに協力を頼んだ。そしてわらわはそれに応えた。後悔を残しては先にはいけぬ。さあ、共にゆこうぞ」
「はい!」
「良かったですね!」
「やっと街の炎けせる。とても助かる」
あのときもう少し勇気があれば、クリアできていたなんて。
つまづいていた現実、そして創作、俺はいつもあと一歩が届かなかった。
だが今は考えるな。とにかく一つひとつ終わらせていくんだ。
これはオマケで許された、最後のチャンスなのだから。
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