第19話 ヒロインの面影
「フラガリアじゃないか!」
「デンドロン、マスターを連れてきてくれたのね」
大きな羽を使って、ゆっくりとヴァンパイアの少女が舞い降りてきた。
小さな冠を乗せた灰色のボブカットはそよ風で儚げに揺られ、透きとおる紅い瞳は達観したように大人びている。黒いシックなドレスに身を包み、どこか冷めた雰囲気を漂わせていた。
「デンドロン?」
「あなたの名前よ。でも、今は存在を上書きされているのね」
「え?」
「心を読んだから話は不要よ」
「ありがとう。あふれる強者の演出に加え、説明が省けて助かる」
「言葉が漏れてますよ」
このゲームはソシャゲにしては珍しく、キャラ名を自由につけることができた。
召喚に命名。ふと自分が好むものの共通性に気づかされる。
「現実逃避してきたマスターは、ゲームのキャラクターに名前をつけることで、自分が創作する人物に冒険をさせている気になっていたのよ」
「やめてえ! 心を読まないで!」
「ああ、泣かないでください!」
せめて描写を膨らませる一助になっていたと言ってほしかった。
これまで見てきたとおり、他人が作ったゲームのキャラクターに、自身が想い描く物語の登場人物を重ね合わせることで、俺は遊びながら設定を煮詰めてきた。
彼女は、長いあいだ苦心している作品に登場するヒロインの原型となった少女だ。
ややもすると優柔不断な主人公をぐいぐいと引っ張る役割を与えられて、少しずつ強気な性格となっていった。
いま出会ったこのヴァンパイアは、まだまだゲームの設定に引っ張られた、いわばプロトフラガリアと言えた。
「それよりも懐かしいなあ! いい子にしていたか」
もう二度と会えないと思っていた存在を目にして感極まり、思わずハグをする。
「ち、ちょっと、未成年との接触は犯罪です、犯罪!」
「いいだろ、フラガリアは俺の子供──」
「えええええ!」
「のようなものなんだから」
「ほっ……」
「私はヴァンパイアよ。こう見えてマスターよりずっと年上なの」
「あ~、それも便利な設定ですよねえ」
「ナンノハナシデスカ」
すると少女は腕を組み、苛立つようにして言った。
「あなたたちさっきから人を作り物扱いしないでくれる? 生まれ落ちたからには誰の言いなりにもなるつもりはないわ」
「わ、悪かった」
「うぅ……すみません」
ひとたび作り手から離れて自由に動き出した者のなかには、こういう奴もいる。
「立ち話もなんだから上で話しましょう」
俺たちは木で作られたはしごを伝い、ツリーハウスに上ることにした。
「ひ~、足がすくみます……」
「大丈夫だ、落ちてきたら俺が下敷きになる」
「そこは受け止めると言ってください!」
「裏に
「先に言ってくれ!」
細めの幹を集めて作られた簡単な小屋。
もはやアクセスできなくなったゲームのキャラクターは、どこでなにをしているのだろう。なんだか切なくなってきた。
アプリの時代ならデータを残してくれる作品もあるが、ブラウザゲームは
「仲間はどうしたんだ。ふたりだけなのか?」
「そう。みんなは解散したけど、いつか戻ってくると信じて待っていた」
「う……。最後まで終わらせられなかったもんな」
「物語が終わらない限り、町は燃え続ける」
「この試練も必ずエンディングまでやり遂げましょう!」
「でもどうするの? 三人ではとても魔王は倒せない」
「こちらでは逆に魔王が相手なんですね」
「野良で募集をかけて……って誰もいるわけないか」
がっくりと肩を落とす。
あのときもう少し勇気があれば、仲間を集えたのではないか。
サービス終了のその日まで、未練がましく強化して、条件に見合う募集をチェックしていたのを思い出す。
「そうとも限らないわ」
「どういうことだ?」
「みんないなくなったけど、このまえ森で人影を見かけた」
「ほう。誰かの強い魔物がうろついてるのかもしれないな」
「仲間にできれば、なんとかなるかもしれませんね」
「食事はどうしてたんだ? なにか食べるものはあるのか」
「デンドロンは植物だから、水と光があれば生きられる。私はヴァンパイアだから、彼女の血を吸ってた」
「えっ! 女同士でいやらしい……」
「どんな光景を想像しているの、マスター」
「それだとデンドロンさんもヴァンパイアになってしまうのでは?」
「彼女は耐性があるから平気」
「無限機関!」
ここでくすぶっていても仕方がないので、森へ降りてその人影を探すことにした。
「それじゃ、帰りはコレを使ってみるか。へへ、一番乗り」
「あ、ずるいです!」
ひそかに楽しみにしていた俺は、小さなブランコのようなゴンドラに乗り込んだ。
蔦を伝いながら降りようとした矢先、それは一直線に落下して、地面に激突寸前で止まり、そして緑の縄が切れて下へたたきつけられた。
「壊れてたんだった」
「こ、こいつ……」
樹冠に遮られた森は鬱蒼として暗く、深く深く奥へと続いていた。
始めたてのころ、ここでユニコーンを仲間にしようと躍起になった記憶が蘇る。
一枚絵の背景にドットを乗せたこのゲームは、当初チープな印象をいだいていた。
しかしそれも束の間、優れたゲームシステムや計算式に感心を覚え、むしろ味わいがあると感じるようになる。
キャラクターの魅力も相まって、熱中するのにそう時間はかからなかった。
結局は時間がかかるのがネックとなり休止に至ったが、確かな冒険感があったこの作品は、いつまでも忘れられない思い出だ。
「フラガリアさんのお名前は、どういう意図があって決められたんですか?」
「それはだな。あるときヴァンパイアにピンクの別衣装が配布された。アンデッドとのギャップが面白いと思い、何か可愛らしいものをと考えて、イチゴの学名から名前をもらったんだ」
「生き血がなければイチゴジュースを飲めばいいわ」
「ふふふ、そうやって関連をたどっていくんですね」
「自分は絵が描けないから、パクリにならない程度にイメージをもらってきたんだ。奇抜なものを思いつけるタイプでもないしな」
漫画家を志すミヤは、どうも名前をつけるのが俺より苦手な様子だった。
自分がいま演じている妖精についても興味を示す。
「それでは、デンドロンはどういう意味なんですか?」
「ああ、それは──ハッ!」
「正確には、ガラクトデンドロンよ」
「ずいぶんと長いお名前だったんですね。それでどういう意味なんです?」
「あ、ああ……愛読書の『二年間の休暇』に出てくる木の名前でね」
「男の子たちが遭難するお話ですね」
「それを見つけた子供たちが、その樹液を手に入れて、栄養不足が解消するんだ」
「へえ、なんだかすてきな由来だったんですね。どういう意味なんでしょうね」
「さ、さあ……。なんだったかな?」
俺は考え込むように、露骨に首をかしげた。
「おっぱいの木」
「はい?」
「ガラクトデンドロンとは、おっぱいの木という意味よ」
「おい、言うなって! せめて牛乳の木と言ってくれ!」
「植物なのに白いお乳を出すとされていて、実在するらしいわ」
「…………」
「違うんだ、子供のころの思い出であって、意味なんて知らなかったんだ!」
「……もう、最ッ低です」
「誤解だぁ!」
くだらない話をしていると、前方からは木々の開けた明るい場所が見えてきた
「私が見たのはこの辺りよ」
「いきなり居た!」
その人影はこちらに背を向け、奥へと歩いていくところだった。
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