第18話 『エヴォカー・オブ・ティル=ナ=ノーグ』
緑に囲まれた懐かしい街並みが──
「って、なんじゃこりゃあああ!」
「たいへん、一面が大火事です!」
「そ、そうか、思い出したぞ。しばらく遊んでなくて、サービス終了を聞いて慌てて戻ってきたけど、間に合わずに終わったんだ」
「それは心残りですね」
「あとはラスボスだけだったんだが……。うん? ミヤ、その格好……」
「服がどうかしました? きゃあああー! は、葉っぱ……!?」
さすがに一枚ではないが、彼女は緑葉を集めて作った服と呼んでいいかわからないものを身にまとっていた。
「サイテーです! まさかエッチなやつだったんじゃ!」
「断じて違う、これは健全なゲームだ! サキュバスに比べたらマシだろう」
「いいえ、これはほとんど裸じゃないですかぁ」
「布面積は多いのに、なぜだ。しかし懐かしいな、ドライアドか」
それはギリシア神話に登場する樹の精霊。
ともすれば、女体化でもしないかぎり化け物ぞろいとなってしまうファンタジーにおいて、原典からして美しい女性である。つまりは正義であった。
俺は手を合わせて「眼福」と言いかけた。
「うー。こんな格好ですけど、炎が凄くてむしろ熱いぐらいです」
「燃えたら大変だな!」
「だんだんあなたの本性が見えてきましたよ」
「いたってモラリストだが?」
「それよりどうすれば……」
慌ただしく始まったこの第四の世界は、『ティル=ナ=ノーグ』の名前でわかるとおり、アイルランド神話をベースにしたものである。
主人公は召喚師の一種であるエヴォカーとなり、あまたの魔物を集めながら冒険を繰り広げるのだ。
作中では一枚絵だった背景に潜り込むのは、なかなかにアートな感覚である。
「ついに十二体の魔王を倒して、あとは最後の黒幕を倒すだけだったんだけどなあ」
「どうしてクリアできなかったんですか?」
「戦力不足に加えてソロプレイヤーだったからな。ギルドメンバーと戦うという選択が採れず、野良は先ほども言ったとおりの魔境でね。実際は良い人が多かったけど、最後の最後でパーティを組む勇気が出なかったんだ」
「てっきりリーダーとかやるタイプかと思ってました」
「ほかのゲームならやってたんだが、Pay to Winとなると、やはり引け目がね」
文字どおり、金で勝つという意味である。
当初は課金してたのだが、現実を反映して、付いていけなくなったのだ。
野良とは、固定の仲間とは組まずに、外部の者と協力すること。
MMORPGではそれがほんらい普通であったのだが、効率的な固定を組んだ人からすると、しばしば非効率ととらえられてしまう。
「とにかく仲間を探さないと。といっても、俺が育てた魔物のことだが」
「この炎、ずっと燃え続けているんでしょうか。不思議です」
「そりゃあ架空の世界だからな。ひとまず森へ行ってみるとしよう」
俺たちは、廃墟となりゆく街を出て、隣接するエリアに向かった。
鬱蒼とした森は、先ほどとはうってかわって、ひんやりとしていた。
「ここ、とても気持ちいいです」
「きっと樹の妖精だから、森が居心地いいんだろう」
「どうしてこの子を選んだんですか?」
「そりゃもちろん」
「見た目ですね。聞いた私が愚かでした」
「いや、じつはそうでもない」
「それじゃなんでしょう」
「うーん、なんだか言うの恥ずかしいな……」
「いまさら隠さなくてもいいじゃないですか」
そうは言ってもなと思いつつも、白状することにした。
「そのキャラクターは内気でシャイだったんだ。外に出るのを恐れていてね。自分と重ね合わせてしまった」
「そうだったんですか。なにか嫌なことでも……」
「大人になった今となっては、なにを言っても言い訳だ。社会のお役に立てるほどのスキルを積めなかった、それだけだよ」
「でも、大魔王としては上手くやれていたじゃないですか」
「ゲームはゲームだ。さすがにそんなものを誇る気にはなれない」
「そうとも言い切れないですよ」
「なぜそう思う?」
疑問に思って尋ねる。
実際、現実で有能な者はゲームでも有能であったりするが、逆となると……。
「単純です。私はゲームが上手くないからです」
「謎の理論だ。時間をかければ誰だってできる」
「それは違いますよ。ダメな人間はなにしてもダメなんです」
「どうしてそんなことを言う?」
「……そう言われてきたからです」
俺は頭を抱えてしまった。どう返せばいいのかわからない。
「時間をかければ誰にでもできるというのは幻想なんです。できる人にしかできないものもある。わたしはそう思います」
「……どうやら君とは多くが対照的らしい。俺はなにをしても時間がかかる。だけど頑張って成果を出しても、そう言われてきたんだ。誰でもできると……」
「だからあなたは、頑張るのを止めてしまったんですね」
返す言葉もなかった。
「ごめんなさい。説教じみたことを言って」
「いいや。嫌味な奴に言われても聞く気にはならんが、君に言われると、素直にそのとおりだと思ってしまうよ」
「そんな……」
「俺たちはどうやら、他人の言うことを真に受けすぎてきたようだな」
「……そうかもしれません」
肉食獣に襲われて怪我を負った草食獣が傷を舐め合うかのようだ。
だがライオンもキリンの後ろ脚に顎を砕かれれば、なにも食えずに死んでいく。
多くの人間が誤解していること。動物の世界は決して弱肉強食だけではない。
強い言葉に騙されて無駄な時間を生きた。
会話は途切れ、静かに道なき道を進む。
涼し気な音を奏でる葉擦れと心地良い水気を含んだ空気が、こんがらがった思考を解きほぐしていく。
もうちょっと早く出会えていれば、お互いもう少し頑張れたのかもしれない。
死んでから気づくとは、あまりにも皮肉なことだった。
「ところで、君はいったいどこへ向かってるんだ? すごい森の中だが」
「え? 私に合わせていたんですか? まったくの無意識でした」
「どうやら、ドライアドの本能がそうさせたようだな」
「あ……」
見上げると、大きな樹幹に据えられたツリーハウスが見えた。
そしてそこに、ひとりの小さな人影があった。
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