第13話 宝物

 実際に戦うとはこういうことなのか。それともこれは、ただの幻影か。

 とりあえずなんとかなった……。高揚感よりも安堵のほうが大きかった。

 深く息をつくと、俺は仲間たちを振り返る。


「さて、と。アレを探すとしようか」


「そうでした。私、すっかりヘトヘトですぅ……」

「初めてにしては頑張ったな」


「君もよく戦い方を思い出したね」

「このゲームは呪文が簡単で助かる。洋ゲーじゃあそうはいかない」


「あーあ、美味しいとこ取られちゃった」

「指示がなければやられてた」


「逃げ出したのはチャラにしてやる」

「例のものを見つけたらな」


 正方形をしたエリアの片隅に、いくつも木箱が積み上げられていた。


「これを見逃したのかよ……」

 

 我ながら呆れかえる。

 立ち上がった四人と共に、一つひとつしらみつぶしに調べていく。

 やがて一番下の段の最奥に、それはひっそりと眠っていた。

 青白く輝く、まるで氷を閉じ込めたような美しい記章。


「これが、ブリザード・インシグニア……」


「おお、観感興起、感慨無量だ……」

「グスッ、あたし、もう泣きそう……」

「うぅ、私もなぜか泣けてきましたぁ……」


「はは、君はさっき来たばかりだと思うけど……」


 いったい何年越しの目的達成だろうか。

 いつかいつかと後回し。まるで俺の人生を象徴するかのよう。

 これでこの世界に未練はなくなった。ようやくなにか一歩踏み出せる気がした。

 ──いや待て、まだ終わっていない。


「これをどこかに持っていくんだったか?」


「そう。言い伝えでは、かつて王宮があった廃墟の片隅にたたずむ王墓に供えると、何かが起こるという」


「それが心残りだった、真のエンディングか……」


「さあ急ごう。決められた時間があるんだろう?」


「ああ、すまない」


 ほかの探索はすべて終えていたため、移動は一瞬だった。

 崩れ落ちて草木に侵食された王宮の中庭。非業の死を遂げた妃の墓、その隣に彼の墓はあった。

 妻を亡くして闇へと堕ちた王は、これでようやく悲しみから解放されるのだ。

 当初ここを訪れた際、そんな隠し要素があるとはつゆ知らず、いったい何の目的で創られたエリアなのだろうと疑問を感じたものだ。

 リソースの無駄なんて、あの完璧主義者がするはずもなかった。


「いかにもここにはめて下さいって感じの穴が空いてるな。それじゃ──」


「待ってください。ちょっとだけ掃除させてください」


「そ、そうだな」


 彼女の中の人は漫画家志望と言っていたが、ゲームの世界でまでそのような行動をとるとは驚きを隠せない。想像力が俺よりも上、いや鍛えられている気がして、少し負けた気分になった。


「それじゃあ、君たちとはここでお別れだね」


「え、ラスボスは?」


「なに言ってるんだい、それは倒したじゃないか。これは隠しストーリーだからね」


「うーん、それじゃキマイラがラスボスみたいな感じで、いまいち締まらないなあ」


「あんた、これから別の世界を巡るんでしょ? 強敵はそっちに期待しなさいよ」


「うむ、戻ってきてくれて嬉しかったぞ。アル──の中の人も頑張ってくれ」


「さよならです、皆さん」


「僕らを想像、いや、創造してくれてありがとう」


「あ……」


 初期の設定なんて上書きしてなんぼだ。

 でも彼らは、間違いなく初めての何かをいだかせてくれたキャラクターたち。

 タイトルのプライマル・イマジネーションは、ありていに言えば最初の空想、悪く言えば妄想のことだ。

 妄想なんて言葉は、他人からすれば笑いの対象に過ぎない。

 だが、創作の原点はいつだってそこにある。それを自ら否定してしまっては、土台から崩れ去ってしまう。

 尊敬する作り手のひとりに、大切なことを思い出させてもらった気がした。


 俺は騎士と狩人、最後にレイミアと握手を交わす。

 自らの分身から始まったこの召喚師は、いま取り組んでいる物語を生みだす過程で、異なる人物に変えざるを得なくなった。

 思い入れのあまり彼は強くなり過ぎて、若い読者に向けて据える主人公としては、ふさわしくなくなってしまった。

 知り合いから、それは女性の名前だと指摘されてしまったのもある。

 だから俺は、キャラクターに上書きをした。

 しかし別個の存在としてまだ意識の片隅に残っていたことを感じ、じんわりと心が温かくなった。


 辺りは完全に真っ暗となった。

 隣に、癒し手の姿をしたミヤがぼんやりと確認できるだけ。

 壮大な音楽とともに、虚空にエンディングロールが流れ始める。

 それは紙芝居のように一枚絵が添えられただけであったが、秘められた王の過去を解き明かして、世界の真相に迫る、欠けていた物語を補う素晴らしいエンディングであった。

 最後まで見届けると、かたわらの癒し手は言った。


「最後の最後だけ味わうなんてなんだかずるいというか、それまでの経緯が気になるというか」


「目的を果たしたら、またあらためて最初からやればいいさ」


「うん、そうします。まだまだ先になりそうだけど……」


「そうだな。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ」


「それ打ち切りのセリフ」


「ごもっとも」



 次回をお楽しみに!

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