第12話 ラストダンジョン

 そこは、悪の道に走った人の王が築き上げた深淵の迷宮。植物に侵食された廃墟に隠されていた最後のダンジョン。

 メインストーリーも終盤という頃合いにマップの隅でひっそりと解放されるため、ちょっとした隠し要素にも思われるが、ここまでどっぷりとこの世界に浸って終わりの悲しみに暮れていた者ならば、気づかぬことはまずないであろう。

 かくいう俺もその存在を察したときは、感動の念をいだかずにいられなかった。

 まだ続けられるんだ、この冒険を。


 繰り返し遊んだとはいえ、最下層のボスまで行きついたのは、現在行動を共にする彼らと組んだときだけである。

 その周回では戦力を重視したため、それまで難易度低下を懸念して避けてきた強力な職である騎士や弓使いを解禁し、一気に最後までばく進した。

 だが強敵と戦うことに気を取られ、いくつかのポイントを調べそこなった。

 俺が、いや、俺たちが見逃したどこかにアレは眠っている。

 ブリザード・インシグニア──それが隠された財宝の名称である。


「テンマくん。迷宮は100層まであるけど、ぜんぶ探し直すのかい?」


「ひゃ、ひゃくそう!?」


「そういえばまだ言ってなかったな」


「皆さん身軽ですけど、お食事とかはいったいどうされるんですか?」


「ああ、そういう要素はないんだ。この世界には」


「あ、そうなんですね……」


 だんだん食料が減っていくシビアなゲームも悪くはないが、リアリティにこだわりすぎると純粋に楽しむことは難しくなる。良作とされるゲームは、だいたいシンプルな構造をしているものだ。


「キマイラを覚えているか? ブレスは防げたが、毒の治療が遅れて騎士が倒され、態勢を立て直そうかと迷っていたところで、敵が倒れた」


「あたしがトドメを刺したのよ」


「あれは本当に死闘だったね」


「味方を守るか己を守るかで、俺は前者を選んだつもりだったが……」


「あの判断は間違っちゃいない。俺たちは急いで回復し、新たな敵が来る前に次の階へと急いだ。きっとあの場所を探せば……」


 戦いの記憶がまざまざと想い出されてくる。

 脳内では、癒し手が無駄な回復をして、毒を見逃したことを弓使いが責める構図が浮かび上がったものだ。

 そうだ、弓使いと騎士は密かに愛を育んでいたのである。


「だとすれば、80層だね」


「やはりそんなに深い場所か。時間がかかりそうだ」


「いや、いちど最深部までたどり着いたから、ワープができるはずだよ」


「なんだって! それを早く言ってくれ!」


「よ、よかったぁ……何時間かかるのかと思いました」


 女神との約束は今晩の二十四時。それまでにいったいどれほどの試練を果たさねばばならないのか。まだなにも成し遂げてはおらず、焦る気持ちがつのる。

 悪い想像をするな。一つひとつクリアしていけばきっと間に合う。


「準備はいいな? 行くぞ」


 騎士が仲間に呼びかける。

 入口の横に見慣れぬ転送円があった。最終フロアのボスを倒して燃え尽きた俺は、この存在をまったく知らなかった。

 台座に据えられた球体に皆で手をかざす。80層をイメージして意識を集中すると、まるで懐かしい選択画面が浮かんでくるようだった。

 その直後、景色がたちまち石畳の迷宮へと入れ替わった。


「グオオオオオッ!!」


 ワープの直後、烈しく耳を震わせる咆哮が響きわたる。

 獅子・山羊・竜、三つの獣が合わさった怪物、キマイラ。

 作品によって差異はあれど、中央にライオンの頭が付いているのはお約束。 


「げえ、リポップしてやがる」


「当たり前でしょ! なにボサっとしてんの!」


「行くぞ! 俺から離れるな!」


 先行して走りだした騎士に続き、俺たちは駆けだした。

 レイミアは水の精霊ウンディーネを瞬時に呼び出すと、こちらを振り向く。


「ふたりは戦い方を思い出すんだ!」


「ええと、たしか──」


「ちょっとぉ、私は初見しょけんですよおおお!」


「君の名前は?」


初見はつみ宮、って今そんなこと言ってる場合ですかぁー!」


「大丈夫、リーダーの指示に従って呪文を唱えればいけるはずだよ!」


「久しぶりなのに簡単に言ってくれるぜ!」


 とりあえず優先は回復魔法だ、思い出せ自分!

 俺は前衛だから、武器ふってりゃなんとかなるだろ。


「まずは《ファイア・カーテン》だ。炎耐性を上げろ!」


「ええ、補助魔法も私ですか! と、とりあえずやってみます!」


 ミヤ演じるアルが手を掲げて唱えると、虚空に赤い魔法陣が浮かび上がってくる。


「《ファイア・カーテン》!」


「いま魔法の名前を叫んだ! 恥ずかしい!」


「どーすりゃいいんですかぁ!」


「冗談だよ。次は《ヒール》だ。盾役だけは体力の八割を維持して、ほかは全快」


「はい!」


 キマイラは著名なモンスターだ。ファンタジーを好む者でその名を知らぬ者はまずいない。

 この世界では火の属性を与えられ、それでいて異なる属性の攻撃をも使用できる点から、それなりの難敵と言えるだろう。

 ボス特有のタフな体力に、強烈な攻撃。おまけに状態異常まで使ってくるときた。


 俺は最強の魔剣──その名は忘れた丸を振りかざす。本当はもっとカッコよかったはずだ。

 空想の職業では召喚師を特に好む身ではあるが、ほかをやらぬわけではない。

 ただし和風職──侍や忍者などはさほど興味がなかった。日本人ならこの気持ちをわかってくれる人もいるだろう。

 はるか遠くの異国情緒に、いつまでもどっぷり浸っていたかった。


「うおおおおお!」

「がんばれ、がんばれ!」

「痛いの痛いの飛んでいけ!」


「……あの、何をされてるんですか?」


「主人公の固有スキルだ。触れないでくれ」


 頬を赤らめながらも、遊んでいた当時を彷彿とさせる戦いぶりを見せつける。

 力を合わせ奮闘する仲間たち。敵の体力は見る間に減っていく。

 するとプレイヤーにキャラクターメイクされた存在に過ぎない召喚師が、この俺に対して満足そうな表情を浮かべた。


「さすがだ、たいしたもんだね」


「そりゃあ、ハマってたからな。あのときは最後まで行けなかったが──」


 突然、弓使いが言葉を遮った。


「気をつけて! 竜が息をためてるよ!」


 見れば三つあるキマイラの首の一つが、頭をもたげて喉元を膨らませている。

 これはまずい、典型的な予備動作だ!


「背後に固まれ! カーテンと俺の盾があれば耐えられる!」


 俺たち四人は、頼もしい騎士の大きな背に隠れる。

 直後、竜の頭が放ったブレスにより、辺り一面が炎に包まれた。


「ぐあああああ!!」


「騎士さま、いま急いで回復を──」


「待て! それは後にして、先に《キュア》だ!」


「あ! 尻尾の蛇が……」


「あのときの俺は、これを見逃していたのか」


 騎士の裏から飛び出ると、手に持つ魔剣で魔獣の尾をたたき切る。

 すかさず毒を吐いたコブラの頭を靴のかかとで踏みつぶすと、毒々しい紫の液体がべちゃりと床に飛び散った。


「あぁ、今度は山羊が呪文を……」


「僕に任せて! 風霊シルフよ、左の頭を沈黙させるんだ」


 弓使いの警告に召喚士がすぐさま応えた。指先に浮かぶ魔法陣から、風をまとった小さな妖精が即時に現れて、山羊の頭に呪文をかける。

 すると、耳を震わせていた不快な鳴き声は聞こえなくなった。


 俺がいなくてもこいつらはやっていけるのでは。創作の世界で聞く、キャラクターが動き出すとは、こういうことなのか……?


「グオオオオオオ!!」


『うわあああ!』


 突如とどろいた獅子の咆哮に、仲間たちがぐったりとした。

 麻痺か。

 だが、俺の体はなんともない。

 これぞ──


「主人公補正!」


「かんどうしてないで、はやくやっつけてくらはい……」


 そうだった。

 こちらに顔を向けピクピクしている弓使いに、ニヤリとする。


「悪いな、今回はトドメをもらうぞ」


 そう言って魔剣を構えると、高く跳び上がって、獅子の頭蓋をつらぬいた。

 断末魔の叫びを最後に、キマイラの体は崩れ去っていく。

 戦いは終わった。

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