十三話

「納得したわ。百千ももゆき君が洞察力に長けている

のも素晴らしいけれど。警戒するのよね。そ

うか。……似た者同士なのね。あたしたち」

 自分の行動にて己の深層に種を蒔いたのか。

 清香せいかさんを凝視しつつ、思いがけず同士と

知らされたことにより、呼応する力を感じた。

「三人とも、迷わせる人間かしら」

 十八歳の女子にも、丁寧に接したい。

「あの。まだよくわかりません。自分は心を

汲むように生きたいと思います」

「ふうん。嫌われたくないものね」

 彼女は心得顔こころえがおに頷く。そう言えば、俺は彼

女から丁寧に接して貰えないけれども、身近

な人だと認識されたならよい。それに動機に

おいて不純なところはあるとしても、休憩が

同期の二人と仲よくなれるきっかけとしたい。

些細なことでもよいから、距離を縮める手掛

かりにして、良好な人間関係を築いてみたい

のだ。背筋を正したところに、成城せいじょうさんがぶ

らぶらしながら戻って来たので、小柄な清香せいか

さんを話の輪に加えるべく、椅子から立ち上

がり、成城せいじょうさんの後ろにつく。引いて進む時

はある。会話の主導権を清香せいかさんへ渡すのだ。

そうして与えることで、信頼を得るだろう。

俺なりのこまやかな気配りである。

「あれ。清香せいかさん。お疲れ様」

「お疲れ様。あなた、真っ直ぐ歩こうとしな

いのね。危なっかしいから目に留まるわ。あ

ら。今更だけれど身長って」

「百八十センチ」

「ふうん。あたしは百五十五センチだから、

あなたがとても高く見える」

 清香せいかさんは俺にも聞いてくれるのかなと、順

番待ちをする。胸を張って、成城せいじょうさんより七

センチ低いと答えたいが、目線が合わないの

一人侘わびしく成城せいじょうさんの背中に隠れる。後ろ

へ回ったのは悪手であった。

清香せいかさんも、割りと身長がある。そう見え

るよ」

 成城せいじょうさんの褒め方が絶妙だ。あんに『華奢きゃしゃ

ある』と乙女心をくすぐるもので、俺は学びを得

た。感性が抜群な彼へ、自分も輪に入れてと

言いたいが、交じり方がわからぬ。話掛ける

ための最初の一歩を間違えたくない。『あ』

と一人ごつ。されど誰も気付かず。後方で自

ら不利を招いたけれども、物は考えようだ。

一つかどあれ人心ひとごころ。焦って転ぶよりよい。待て

ば喜びあるとして、彼の背後で好機を待つ。

「ありがとう。成城せいじょう君は若葉を揺らすような

ことを言うのね。それで、あなたの携帯で何

を見せてくれるのかしら」

 俺は白帝城はくていじょうを見たい。覗こうとしたら彼が

見返り、「ほら。これ」と手招きしてくれた

ので、嬉戯きぎに参加する。おや、ここに一人の

ますらおありと褒めるべきか。メールの未読

が二百二十件。LINEのお友だちは延々と

続く。如何なる城だ。

「家業のパン店をSNSで紹介したら、フォ

ロワーが増えたんだ」

 一見して、LINEの遣り取りが主とわか

るが、メール機能も使うとは幅広い年代との

交流を持っている。同化どうけの能力があるようだ。

「実際の来店までは中々繋がらなくて」

成城せいじょう君。商売繁盛を願うなら交流よりも、

毎日更新ね。未来を見据えて宣伝よ」

 清香せいかさんの指摘により、フォロワーと交流

しているのがわかったので、交際に関して俺

の知らない一手がありそうと、「成城せいじょうさんの

い人は、どちらの方ですか?」と、努めて

朗らかに聞いてみる。

「いない」

「え。あっ。すみません」

 成城せいじょうさんの内情に踏み込んでしまったと、

忸怩じくじたる思いで、「いないとは冴えない話」

と呟く清香せいかさんへ望みを託する。

「お友だちだよ。SNSのフォロワーから受

信したもの全てを、見る訳ではないもん」と

成城せいじょうさんが清々しくて、俺とは格が違う。

「尋常ではない。必ずしも人と違ってよいと

は限らないわよ。でも、自らを正当化する口

振りからして、い人は本当にいないわね」

 俺が思うに、不特定多数と交流する彼は、

如才無く立ち回る営業職に向いている。先刻

も、好きな色は一つではないと言っていた。

特定の人と交際しないのであれば、人間と向

き合っていない。それは俺と同じではないか。

親近感を覚え、深呼吸をした。彼は他人に厳

しいと思いきや、たぶん、交際には躊躇する

かわいい人なのだ。同性としても安堵する。

彼は愛すべきパートナーであった。

 彼も俺と同じで、あれもほしい、それもほ

しいと満たされぬ日々かもしれない。遊ぶ相

手が多いのは、一人の時間を恐れている可能

性がある。それならば無駄口にも納得だ。彼

は注目してほしいのだろう。


 思い当たる件がある。心理学は学生時代に

齧った程度だが、<愛されたい症候群>と呼

ぶものだ。それは自己肯定ができず、SNS

を頻繁に更新し、人から注目されることで安

心する人を指す。掘り下げると、愛されたい

というより、嫌われたくない傾向だと思う。

その原因は、幼少期における親との関係にあ

る。甘えたくてもけられたなど、等距

離がわからず不安という。俺にも当てまる

事案だ。しかし、彼も該当するとは早計だろ

うか。果たして本質は如何なものだろう。


成城せいじょう君。活動せぬ人と交流するのは宜しく

ないわ。ずっと、損な役割を押し付けて来る

もの。気が塞いで、明日に夢を見られなくな

るわよ。あたしは、そう思う」

「日常の呟きを送られるだけ。『妹が子供を

生んで、母親の顔をするよ』とか。でも甥は

かわいいって。あっ。でも確かに聞き役へ回

るな。清香せいかさん。言えてる」

擦れ違っていた二人が歩み寄る予感だ。

「それにおのおの落ち着くところを求めていたら、

どうするの。あなたに期待して、待つ人がい

るかもよ。気を引き締めなさいよ。利口なん

でしょう。愛を与える人へなれそうなのに、

心を決められないなんて」

 清香せいかさんは危機感を持ち、その上で『自分

が愛することで、相手から愛して貰える』と、

説いた。俺は目の覚める思いだ。さりとて、

清香せいかさんが彼に詰め寄るので、はらはらする

俺である。

「顔が見えない連絡手段こそ、気を使うべき

よ。SNSにも馬力が要るわよ。成城頼せいじょうらいさん」

 彼女の言葉には一理ある。無料で始められ

るSNSは、気軽に繋がると文字での遣り取

りに集中し、固執する。気が逸って誤伝する

と、世界から反感を買う。文字だけでは欠点

しか見えぬものだ。便利さに頼らず、対話し、

心の目で見て、美点を知ると思うのだ。俺は

一個人いっこじんを知るように努めたい。

「……清香七愛せいかななみさん。おれのことが嫌い?

あのね。皆、他の誰かと遊んでいるよ。おれ

は一人を選べない。昔、小学生の頃に、クラ

ス全員と仲よしになりたいって思わなかった

かな。その感覚だよ。まあ、めんどうになっ

たら削除するよ」

 真剣さを忘れた人間だ。今後の成り行きを

静観する彼に「欲得とは」と、頓狂とんきょうな声を上

げてしまった。簡単に削除できるなら、元よ

り必要ではないのだ。それでは爪を切るよう

に気楽で、次は己の身を切るとおもんばかるのだ。

「そう」と、清香せいかさんは事も無げに言い、肩

に掛かる髪を静かに払うと、微笑した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る