十四話
「
定の人がいると、めんどうなのよ。本当にお
しゃべりね。自分が不利になることまで話す
人って、いるのよね。多言を慎んだらいいの
に。年上の人に失望する回数は、少ない方が
いいわ。ねえ、
大事な友人がいたら、それでいいのよ」
「
身長差のある二人が綱引きをしている。
「おれは味気ない生活は嫌だなと思うだけ」
二人は無駄に神経を消耗しそうだ。これを
誰かに見られたら、言い争いと曲解される。
うそうそする俺である。今、会話に尻込みす
る俺は孤独だ。しかし、二人を静かに見詰め
るよい機会と捉える。それに俺は、
が向上心を持つと心得ている。図らずも立ち
話をしたことがあり、『営業担当って、接客
と似ているのかしら』と始まり、『たぶん、
販売士免許を取得していますよ』と答えた俺
に承知したのか、高校時代に経験した事の顛
末を、話して聞かせてくれたのだ。
――勝ち気な
夢から覚めたというほどの苦い思いをした。
高校時代に<隙間バイト>と呼ぶ二時間程度
のアルバイトに登録し、衣料品店で検品の仕
事をしたそうだ。彼女は服が大好きで、店員
さんも優しく接してくれたのもあり、一時間
の延長に応じた。仕事が楽しく感じられ、
く
思い、頑張ったら女子でも店長になれるかも
しれないと、未来に夢を描いた。しかし店長
曰く『極論だけれど、アルバイトと店長は仕
事が違う』。認識の甘さを指摘されたそうだ。
『
判断できないな。人を束ねる指導者には、全
員の生活態度や健康状態に気を配り、尚且つ
本社からの圧力に、しなやかな対応をするこ
とが求められるよ。まあ、売れば勝ちだけれ
どね』とは、乙女に耳慣れないものであった。
社内の
たであろう。
『ジェンダー差別はしないけれど、店長は泥
をかぶる仕事でもある。苦情に対して平身低
頭した同期もいる。だから男子の方が向くと
思うけれど、店長を任された女子はいる。肝
が据わるんだ。別の意味で。……ぼくより先
に店長を任されたから、嫉妬してしまい、ほ
ぞを固めてバイヤーに直言したんだ。そうし
たら、元々上司の取り巻きだとわかった。胸
元が魅力的だから伸し上がったとも知らされ
た。出世の影には、女狂いの上司がいたんだ。
鵜呑みにはしたくないが、社会で活躍する女
子には噂が付き纏う。もちろん、上司も、女
を
会社は勧めない。
どうか、負けないで』と真情を
り、出世に近道などないと知った。胸を割っ
た店長へ感謝し、応援してくれた恩に報いる
には、その恩人以上に精進することだと悟っ
たという。
そして、活躍の場所を商社に求めた。衣料
品店で扱う商材を卸すと知り、実際に見たこ
とがあるので、自信はあったらしい。業務へ
真摯に向き合い、自分は社会で通用する力を
付けたいと、率直に話してくれていた。
もちろん、店長に
した』と手紙を
で難しかった』と微笑んだ。作文は思考を発
達させ、想いは心を安らかにすると知る
さんも素敵な人なのだ。一方で、ふと
を
覚えてしまった。でも、礼儀を心得ている。
だ。認識を深め、男子に取り入ろうとしない
点も、好ましい。むしろ
抗する姿勢を見せている。とても勇ましい。
さりとて、引っ掛かりはある。乙女が
なったのは、アルバイトの件だけでは納得で
きない。就職は人生の選択である。元より高
卒だ。学歴社会では不利だと、知らぬ人では
ないだろう。何やら、しこりが取れない。
俺は彼女の内情を知る機会を得たい。仲よ
くなりたいので、自分から声を掛けられると
よいなと思う。先ずは己の成長だ。如何なる
職でも常に不断の学びありと肝に銘じ、業務
をこなした上で、いつかは
えたいと願うのだ。相手を知るため、対話を
してみたい。好ましく思う人との対話は心の
一服になると、本から学んだ。俺は人に向き
合える大人になりたい。
さて、一時は指導者を夢見た
不思議な巡り合わせで、今は俺の隣りに立っ
ているのだ。
憂色漂う彼女だが、ツイードのワンピース
を着ており、十代の女子とは思えぬ気品を感
じる。服が好きで、こだわりがあるのもわか
る。私服勤務とは、
俺は、服装を整えれば正しい人と知り合える
と思う。
る。ふと、先刻の古顔を思い出す。
が警戒するのも当たり前だ。肩をはだけるか
ら、くすんだ色の下着が見えてしまい、俺も
気分を害した。早く忘れよう。
気持ちを切り替えようとしても胸が波立つ。
朽ちゆく様に既視感はあったのだ。はて、
いつのことだろう。記憶はシャボン玉のよう
にふわふわ飛び、掴めない。きっと、つらい
出来事だから忘れる努力をしたのであろう。
おや、
「
愛した人の思い出話をしてよ。感動したいわ」
然さに痺れる俺である。
「ふうん。愛って。簡単に言うんだね」
と真面目くさり、見るからに神経をぴりぴり
とさせている。たぶん、
等に接すべき相手だと本能で察したのだ。
自己の感情を信じてはならぬ時はある。そ
れは予想外の出来事に対し、冷静さを失った
瞬間だ。俺も確かに体験している。言えるの
は感情的になれば正解を得ないことだ。故に
感情は偏らず、中和の心を
が吉と読んだ。
「人間は年齢や性別ではないね。同期とは対
等でありたい。礼節を
う。それにしても、好奇心を
出会えたご縁に感謝したい」
一転して、
営業職である。直ぐに気持ちを切り替えた。
実によく揃った二人である。双方は凛然とし
ながら、俗気のない話をしているので清々し
く、同期として大いに関心を寄せるところだ。
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