夏至、朝顔、雨上がり

 「六月二十二日月曜日、日直(取江・夏瀬)。提出物一覧、修学旅行参加同意書 本日中、水泳授業用指定水着申込 希望者6/19(金)まで。授業連絡一覧、6/22(月)2限 物理基礎→国語に変更、7月まで雨予報多☔︎体育(水泳)は雨天時は体育館集合、6/24(水)3限 数II小テA〜Cクラ……」

 「あおおはよっ!何喋ってるの?」


 か細い独り言を遮って教室のドアが勢いよく開けられた。


 「暇だったから連絡事項新しいのに書き換えとこうと思って。陽葵今日日直でしょ?」

 「うへえ、また日誌取りに行ってくれたの?私が日直の日いつもあおがやってくれるから、私ダメ人間になっちゃうよ?」

 「ふ」

 「え、鼻で笑わないでよ!」


 陽葵はこんな感じで元気で面白い子だ。初めて見たときのアンニュイな雰囲気はどこに行ってしまったのかというくらい。


 「じゃあ行くか」

 「昨日の夜雨降ったから今日はあげ過ぎないようにしないとね」


 僕は五月頃から陽葵の水遣りを一緒に手伝うようになった。月水金と、気が向いたときは土曜日も。今日は昨夜雨が降ったので水をあげ過ぎないように注意しなくてはならない。過湿状態は根っこが腐る原因になる。昨夜の雨の程度にも依るが湿っていない土だけに水を遣るくらいでちょうど良い。


 「なんか、これほとんど水遣らなくていいんじゃない?陽葵先輩、どう思いますか」

 「思ってたより降ったっぽいね。確かにあげなくてもいいかも。あお君も園芸委員の仕事には慣れてきたようだね?」

 「恐縮です」


 朝露の宝石が朝顔を七色に彩る。午前七時半過ぎの校舎の壁には僕たちの下らない会話と笑い声が侘しそうに響いていた。仕事がひとつ減って手持ち無沙汰になったら僕らは、教室に戻ってもやはり仕事がない。合唱祭を十日ほど前に終え、体育祭と文化祭を二学期に控える今はちょうど学級委員の閑散期に当たる。ついこの前まであんなに長かったToDoリストが今は学校の宿題のみだ。だがこの静けさも実は嵐の前のもので、今度の期末テストを終えたら一学期中に修学旅行の班分け及び各班の観光ルート、体育祭の全員の種目とリレー選手、文化祭のクラスの出し物を決めなくてはいけない。それぞれ、旅行企画委員、体育祭実行委員、文化祭実行委員と連携して学級委員も手伝いに駆り出されるのだ。憂う気持ちもあるが楽しみな気持ちも同じだけある。何より、陽葵とこのクラスのみんなとならやり切れる気がする。合唱祭もそうやって金賞を収めた。


 「これからの行事も頑張ろうね」

 「うん!俺たちなら上手くいくよ」

 「あお、今週は土曜行く?」

 「先週は部活の大会あって行けなかったし、今週は行きたいなって思ってる。陽葵は?」

 「行くよ。あおは今週もその後は部活?」

 「今週は顧問が来れないから部活無いんだ」

 「じゃあじゃあ、珠江くんとか高洲くんとかとご飯食べに行ったりは?」

 「たかたま?ああ、この前部活の後ラーメン食べに行くって話したから?今週は別に約束してないけど、なんで?」

 「良かったらさ、水遣りの後出掛けない?」


 照れたように言う陽葵の言葉に、素直な嬉しさと得体の知れないもやが同時に胸のあたりに沸いた。奇妙。感じたことの無いもやに対する感想はそれだけだ。外部から異物を注入されたような感覚には気持ち悪さすらある。疲れているんだと、言い聞かせるしか無かった。僕はもやには蓋をして嬉しかった気持ちの方のみを尊重した。


 「いいよ。俺も行きたい」


 僕は、上澄みを掬ったような笑顔だっただろう。せっかく誘ってくれた陽葵はどう思っただろうか。


 「……。良かった、じゃあ約束ね!」


 陽葵の表情は、少し寂しそうだった気がした。

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