杪春

 その日の帰り道は、聞きたかったことをたくさん聞き、僕もたくさん質問をされた。「普段休日は何してるの?」、「学級委員思ってたより大変じゃない?」、「新学期始まってからも朝の水遣り続けてるの?」、「朝図書室行くのやめちゃったの?」、「結局部活は何入ってるの?」、「いつから霞くんと仲良いの?」、「三犀と詩乃とは何がきっかけで仲良くなったの?」。




 話していて、気づいたことがある。陽葵は、とても芯の強い人だ。初めて話したときに陽葵のことを”自分と似ている”と感じたのが恥ずかしいくらい。周りにどう思われるかなんて気にしていない。自分のやりたいことを、自分のためにやる。在りたい自分で在ろうとする。自分本位という意味ではなく、無意味に他者に同調したり、周りに媚びを売ったりしないという意味だ。”他人に迷惑をかけないように”、”人と違うことは恥ずかしい”、”周りがやっているから自分もやる”のような価値観を真っ向から否定する態度。僕にはそういう生き方が眩しく見えた。自分にない考え方だから。僕は別に、世の中の流れに逆らうことを是としたいのではない。ただ、そこら中が人目を憚る表現に満ち満ちているのが息苦しいと感じているだけだ。




 「私は一人で遠出したりすることが多いかな。海行ったり、公園行ったり。計画することもあるしノープランで行くこともある。友達に今日は一人でお手掛けするから遊べないって断るとぎょっとされることもあるんだけどね。でも、好きなの。感性のままに出掛けるのが」

 「水遣り?続けてるよ。ああ、あれ、頼まれてるんじゃなくて私が無理言って手伝わせてもらってるの。この前言った白砂先生さ、吹奏楽部の顧問なんだよ。私冬まで吹奏楽部だったから白砂先生とはよく話すんだ。それから、一年生の体調崩してた時期に保健室で藤花先生ともよく話すようになって、二人がお花のお世話してるって聞いて私も手伝いたいって言ったんだ。私、前からお花好きだったから」

 「部活は、今は入ってないんだ。さっきの話と被るんだけど、私去年の秋から冬頃にかけて体調崩すことが多くて、中途半端に部活を続けるのが嫌で吹奏楽部辞めたの。だから今は新しく入る部活探し中かな」

 「詩乃は中三のときにクラスと塾が同じでよく一緒に勉強してた。言いふらすことじゃないんだけど、詩乃中三のときクラスの子と上手くいってなかったの。詩乃って可愛くて大人しいでしょ?クラスに意地悪な子が何人かいてね、だから私から友達になって欲しいって話しかけたの。三犀は去年が同じで、体育祭でクラスが分断しそうになったとき、みんな不満を体実の三犀に言ってばっかの時期があったんだ。私なんかムカついちゃってさ、今まであんなに頼ってた三犀にその態度はなんだ〜って。だから、お弁当一緒に食べたり授業でペア組んだり、たくさん話しかけに行ったんだ。二人とも元々よく話してた訳じゃないんだけど、凄く可愛くて良い子なのにみんながその良さに気付いてないの見ると、じゃあ私が仲良くなっちゃうもんねって気持ちになって。ふふ」




 「自分の言動は周囲にどう思われるだろう」、「あの人は毎日楽しそうな生活を送っている」、「自分はなにをしたら羨んで貰えるだろう」、「こんなことをしたらみんなに嫌われてしまう」、「ああいうことをすればみんなに好いて貰える」、「たくさんの人に好かれていることが幸せ」。全て僕の根底に蔓延る思考の枷だ。僕からあらゆる可能性を奪い、あらゆる未来を縛り、あらゆる変化を摘む。僕も僕でこれを口実にして新しい挑戦をしないから、枷を引き摺ることと引き換えに恥や悔しさを感じずに済んでいる。ならばきっと、僕と僕の思考は共依存だ。自分にとって本当の幸福なんて自分の物差しでしか測り得ないのに。自分以外の物差しに準拠する幸福のどれほど空虚なことか。それに対して陽葵は真っ直ぐな、世界でたった一人、陽葵だけが持つことの出来る物差しを持っている。僕もこんな風に生きたい。物差しが欲しい。自分を、知りたい。




 「陽葵は……」

 「ん?」

 「陽葵は、周りと違うっていう状況が怖くないの?」

 「まあ、心地良いとは思わない。でも、例えばさっきの話ならクラスの空気が悪いことの方が居心地悪くて嫌だ」

 「この子の味方をしたら今度は自分が意地悪されるかも、とか考える人多いと思うんだけど」

 「私は意地悪されるかもしれないからって見ないふりをした自分じゃ、この先の自分の幸せを保証してあげられない。だから、半分は自分のため」


 真っ直ぐな陽葵の言葉が、みぞおちのあたりにふわふわと積もっていく。暖かくて、優しくて、歪みのない言葉たち。


 「まあでも、他人に言わせたらただの偽善かもしれないし、本人からしたら大きなお世話かもしれないしんだけどね」

 「それは、違うと思う」

 「え?」

 「偽善とか、大きなお世話とか、そんな知らない誰かが言ったような安い言葉で括らないで欲しい。陽葵がそうしたいと思ったのは、陽葵の優しさでしょ?その優しさが偽善でも大きなお世話でもなかったから、今でも二人は陽葵の友達なんでしょ」

 「あ、うん。その、ありがとう?」


 少し驚いたような陽葵の顔を見て我に返った。まだ陽葵のこと知り始めたばかりなのに知ったようなことを語ってしまった。やはり陽葵には何かと本音を話してしまう。今考えてみると似ているから素が出るのではなく、僕がこういう性格に憧れるから、近づきたいから素を出しやすいのかもしれない。


 「ごめん、なんか知ったようなこと言っちゃって」

 「ううん、嬉しいよ」


 不思議だ。陽葵の屈託ない笑顔を見たらさっきまでの下らない後悔はどこかへ吹き飛ばされてしまった。陽葵のことをもっと知りたい。どんなことを考えて、何を感じているのか。これっぽっちの会話じゃ全然足りない。


 「春休み、勇気出して陽葵に話しかけて良かった。これからも仲良くしてね」

 「こちらこそ、これからよろしくね」




 立夏と晩春の透き間で杪春は宵に香る。気温に比例して上昇する体温は僕の胸に熱を与う。夏の支度を始めた空は相変わらず半端な青空と低気圧に付き添う曇天の混ぜ模様だった。僕は低気圧の日はしばしば頭痛を起こすが、今日も午後から若干の頭痛を持っている。夜ご飯を食べ終えた後は、早めに寝た。今日のことを思い返しながら、ゆっくり、目を閉じた。

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