春昼、言の葉、花冷え

 正午に近づく外の空気は暖かく、今朝まで残っていた雨の香りを地面からふんだんに吸い取っている。僕と陽葵は咲き誇っている桜並木の土手を駅の方向へ並んで歩く。


 「園芸委員って休み中も朝早くに仕事があるの?」

 「ああ、あの花壇、園芸委員のものじゃないよ。というかこの学校、園芸委員ないよ」

 「え、そうなの?確かに委員会決めのとき無かったけど、非公式で有志かなんかの委員会かと思った」

 「数年前まであったらしいんだけどね。あの花壇、保健室の藤花ふじはな先生と元々園芸委員を担当してた白砂しらさご先生の花壇なんだ。それの手伝いなの。」

 「そうだったんだ。俺も花好きだから、ちょっと羨ましいかも。毎朝早くて大変じゃないの?」

 「まあね。でも私朝型だから早起き得意だし、慣れればそうでもないよ。先生も助かるって言ってくれるしね」


 風が吹き、桜が春の音を囁く。


 「あおは部活とか委員会入ってないの?」

 「部活は軽音部と陸上部で、委員会は学級委員だよ」

 「すごいね。沢山やってるんだ」

 「軽音部は2週間に1回だし、学級委員も仕事少ないから陸上部がほとんどかな」

 「そうなんだね。大変そうだけど、楽しそう」

 「陽葵は部活やってる?」

 「うーん私も部活やりたいんだけどねえ。あ、あおは電車どっち?1番線?」

 「え?ああ、うん」

 「私今日寄るところあって2番線だから、またね」

 「そっか、分かった。またね」


 はぐらかされた気がしたが、はぐらかされたということはそれ以上聞かない方がいいと思って大人しく手を振った。


 「あ、連絡先交換しておけば良かった」


 


 綺麗な言葉を話す人だと思った。二人称に貴方を使う人なんて松井さん以外今どき見ないし、彼女の言葉や話し方はどこをとってもその端々に品があった。素敵だと思った。同時に、言動の根元に僕と似た思考を感じた。これはただの想像でしかないが、委員会でもないのに仕事を引き受けるのは広義の意味で彼女が優しいからだろう。そして、彼女は手伝いの対価として感謝や信頼なんかを受ける。彼女が対価なんてものを意図して手伝っているのかはさておき、そういう側面がなんとなく自分と似ていると思った。なにより、普段相手からどう思われるかばかり気にして素を話せないような僕が、初対面の彼女には不思議と思っているそのままを話せた。話したくなった。僕は、きっと僕と考え方や価値観が近いんだろうと、随分大雑把な結論に至った。


 さっきまでの暖かい陽が手のひらを返したように冷たい風が吹き始めた。近頃は三寒四温で、今日は午後から気温が下がるらしい。


 春昼の、花冷えだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る