春雨、霞桜

 僕には小学校からの友達がいる。桜川さくらがわ かすみだ。顔はかなりのイケメンで名前通りのイメージの上品な造形。性格はかなりの変人で名前からは想像できない様子のおかしさ。第一印象は口数の少ないクールな子、話すと気さくな面白いやつという印象、仲良くなると笑わずにこいつとは関われないといった具合だ。


 高校一年生の時は僕が2組で、霞が3組だ。霞は教科書を忘れただの体育着を忘れただのしょっちゅう2組に来ていたから、2組で僕が仲良くしてる人たちは大体が霞とも仲が良い。ちなみに、霞も同じ陸上部で、所属しているブロックは違うが部活の後はよく一緒に帰っている。


 「はすじゃん!クラス替え見た!?」

 「おはよー。まだ」

 「早く来て見てよ。おったまげるから」


 嫌な予感しかしない。


 「嫌な予感しかしない」

 「はいはい嬉しいのね分かった分かった。ほんと素直じゃない」

 「よく分かってんな」


 霞に、重りを引き摺るような足取りを大袈裟にして見せた。


 「はい!はすは何組でしょうか!」

 「真ん中らへんが良いな。体育館にも多目にも近いし。あー……どこだ」

 「遅い!正解は4組でした!」

 「おい!俺に探させた意味ねえじゃん」

 「そしてなんと俺も4組です!!」

 「最悪だな」

 「だろ!?やったな!」

 「おう」


 霞には僕の応答は右耳からそのまま左耳へ流れて聞こえているようだ。


 「2年で一緒になれたのラッキーだな!修学旅行一緒に回れるかもだぞ」

 「確かに。班一緒になれたらいいね」

 「な!それにさよく見ろよ。このクラス去年1〜4組らへんにいたやつめっちゃ多いぞ。元2の仲良かったやつもたくさんいる。きだちゃんとか、たかたまとか、取江とりえとか。早くクラス行こーぜ」


 霞に引っ張られて2年4組を目指す。だが、教室に近づくにつれ霞の歩く速度は緩やかに落ちていく。


 「はす、はすが前で入って」

 「ほんと人見知りだよね。さっきまであんなにうるさかったのに」


 僕も知らない人と話すのが得意な訳では無い。だが、霞の人見知りは「本当は話したいけど上手く話せない」というよりは「知らない人といきなり仲良くなるのを好まない」と言った方が正しい。本人曰く「どうせ仲良くなる”縁”のやつは無理に話しかけなくてもそのうち仲良くなる」らしい。周りの目には「クール」とか「愛想がない」とか良くも悪くも映っているようだが、縁があれば第一印象なんて関係ない。席替えで連続で隣になったり、掃除の班が同じになったり、そういう小さな縁を大切にするのが霞のモットーだ。僕も”縁”という考え方は好きで、霞と出会ったのも僕の人生における大切な縁だと思っている。


 「おー!きだちゃん!」

 「碧来た!霞も一緒だ!」


 とりあえず紀田きだに突撃して、隣に座っていた高洲たかす珠江たまえの頭も軽くはたいておいた。高洲と珠江は幼稚園から幼馴染で、183cmのノッポと159cmの小人という凸凹コンビだ。よく揃えてたかたまと呼ばれている。この2人も縁があってか、1年も2年も同じクラスになった。


 「痛って!いきなり叩くなよ!」

 「ごめんごめん。珠江叩きやすくて」

 「碧久しぶりじゃん、霞も。春休み元気してた?」

 「一生元気だったよ。てかたかたま今年は同じクラスになれたなー!去年ははすの教室行くときにしか話せなかったから変な感じ」


 静かだった霞も見慣れた人たちを見てすっかり元の調子だ。紀田が気持ち悪い笑みを浮かべながら声を潜めて言う。


 「おいそんなことより名簿ちゃんと見たのか。このクラス可愛い子多いんだぞ。俺らの再会なんて祝ってる場合じゃないって」

 「近寄ってくんな!女子好き!」

 「そんなこと言うなよ。篠咲しのさきさんと如月きさらぎ詩乃しのちゃんが揃ってるんだぞ。当たりすぎだろこのクラス」

 「お前にとってはな」


 そんな他愛もない話をしているうちにホームルームが始まる。担任は物理の槌浦つちうら先生だ。槌浦先生が「そろそろ席つけ〜」なんて話し始めたとき、僕はびっくりして飛び上がってしまった。彼女が、陽葵が教室に入ってきたから。陽葵は友達と話しながらこちらに向かって歩いてくる。僕が固まっていると、ふっとこちらに気づいた。


 「お、あおじゃん。この前ぶり」

 「この前ぶり」

 「ひな知り合い?」

 「うん、最近ね」


 僕とは対照的にちっとも驚いていないようだ。


 「陽葵、4組なんだね。同じになると思わなかったからびっくりした」

 「私も名簿見てびっくりしたよ。1年間よろしくね」


 変わらず、ちっとも驚いていないような調子で驚いたと陽葵は言う。


 この前勇気を出して友達になった彼女は高校二年生を同じ教室で過ごすクラスメイトだった。外は低気圧で、天がしとしとと袖を濡らしている。春雨が葉末を滴る新学期に、僕は新しい縁に出逢った。

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