エピローグ
おとぎ話が終わっても解けない魔法を、あなたに
誘拐事件から数日後、アルジャーノン・オルブライトがこの国を治める大統領となり、彼は国名をエルネス連邦共和国と改名する。
新しい国名を聞いた時、リーゼは驚きのあまり、病院の寝台の上でひっくり返りそうになったのだった。
「――魔法が消滅し、王政が崩壊して民政に移行した、おとぎ話が終わった国で。人々はかつて普遍的だった奇跡や美しい生き物、そして豪華絢爛たる生活をしていた人々を思い出しては、それを空想の彼方に捨てた。そうしなければ、前に進めなかった」
初代大統領アルジャーノン・オルブライトの就任演説は、この言葉から始まった。
魔法も魔獣も妖精も精霊も、そして王族も消えた。
暴動の後、おとぎ話の世界から締め出された人々は、次なる魔法を探し求めた。
それはいまも続いている。
「いま、我々は新しい時代の扉の前にいる。その先には数多の苦難と喜びが待ち受けているだろう。自由と権利を手に入れた我々の、新しい物語が始まる。自由と権利を手に、かつてのおとぎ話のような時代を超える豊かな国を、共に作り上げていこう」
初代大統領は突然口を噤み、目元を拭った。
「怒涛のような日々になるだろうが――時に足を止めて、過去に想いを馳せてほしい。それが、この自由と権利を手に入れるために奔走してくれた者への、献花となるだろう」
***
――春の終わりの、とある昼下がり。
リーゼはそわそわと落ち着きなく、家の扉の前と郵便受けの間を行ったり来たりしている。
そこに、一人の郵便配達員が来た。
「リーゼちゃん、お待たせ。試験結果を届けに来たよ」
「ありがとうございます!」
リーゼは郵便配達員から封筒を受け取ると、その場で開けて中に入っている書類に目を通す。
「……行かなきゃ!」
独り言ちると、手紙を握りしめたまま駆け出した。
目抜き通りを駆け抜け、大広場を横切り、アヴェルステッドの北東部にある公園へ向かう。
相変わらず人気のない公園に辿り着くと、黒色の軍服を着たノクターンが街灯に寄りかかっている。
大佐から少将に昇進したノクターンは、今日は午後に休みをとってリーゼの結果を待っていたのだ。
「ノクターン! 採用されたよ!」
リーゼは勢いよくノクターンの胸に飛び込んだ。
ノクターンは危なげなくリーゼを受け止め、両腕の中に閉じ込めた。
「おめでとう。本当によく頑張ったな」
「へへっ。愛の力だよ」
「愛の力?」
「そう。ノクターンへの想いが私の原動力になったから合格できたってこと!」
軍の経理になると決めてから努力を続けてきた。
ノクターンを想い、彼と一緒にいたいという願いに力を貰っていたからこそできたことだ。
「たとえ私たちが魔法を使えなくなって、本当におとぎ話の世界が終わっても――愛の力だけは解けないで残り続ける、一番強い魔法だと思うの」
「そうだな」
珍しく魔法を否定しないノクターンに、リーゼは驚いて目を見開く。
(まあ、ノクターンも私も魔法が使えるから……もうわざと否定する必要がなくなったものね)
そうわかっていても、いつものお決まりの返事ではないから調子が狂ってしまう。
「ノクターンが魔法を否定しないのって、なんだか変な感じ」
「俺もだ」
ふっと笑みを浮かべたノクターンが、リーゼの頬を包み込む。
決して強くない力で上を向かされ、その先を期待したリーゼは瞼を閉じた。
「だけど、俺もその魔法のおかげでいままで生きてこれた」
優しい声音が聴こえてくると、唇にノクターンの唇が軽く触れ合う。
薄い皮膚を通して柔らかな熱が伝わる感覚にリーゼの心は蕩け、この上ない幸せを感じた。
「もしも魔法が使えなくなったらと不安になっていた夜も、リーゼの存在が心の支えになってくれたから乗り越えられた」
ノクターンはそう言い、今度は啄むようなキスをした。
触れ合う度にリーゼの胸は切なく軋み、与えられる愛情に震える。
慣れないキスに緊張するリーゼを、ノクターンは宥めるように背中を優しく撫で、空いている方の手で抱きしめる。
「リーゼ、好きだ。愛している」
「わ、私も――っ!」
想いを伝えようとするのに、ノクターンがキスで邪魔をする。
ノクターンが角度を変えてまたリーゼにキスをするのだが、今度はなかなか離れないから困惑した。
途中で息苦しさを訴えるリーゼのために一度は唇を離したが、リーゼが呼吸を整え終えたのを見計らって今度は下唇を食むのだ。
これまで秘めていた想いを解放したせいかノクターンからの甘いキスの雨が止まない。
(私も告白しようとしているのに、ノクターンのせいで言えないじゃない!)
耐え切れなくなったリーゼはノクターンの胸をポカポカと叩いて止めた。
「私も、ノクターンが好き。大好き!」
「それなら、俺と結婚してくれるか?」
ノクターンは上着のポケットから天鵞絨張りの小箱を取り出した。
「もちろんだよ。私がどれだけノクターンが大好きかわかっているでしょ?」
「ああ、わかっている」
リーゼの左手を取り、薬指に指輪を嵌めた。
指の上でキラリと輝く緑色の宝石を見て、リーゼは嬉しさに頬を緩めた。
「ずっと解けない魔法を、ノクターンにかけてあげる」
――意地悪で不愛想で気まぐれだけど、大好きでかけがえのない、大切な存在であるあなたに永遠の愛を誓う。
本当の過去を知ったリーゼは、リーゼのために全てを捧げてくれたノクターンのために、自分の全てを捧げると決めたのだ。
もちろん、過去を知らなくてもそうするつもりだった。
ノクターンはリーゼにとって、最愛の人だから。
「俺も、リーゼのためだけに魔法を使うと誓おう」
二人は微笑みを交わすと、もう一度お互いを抱きしめ合ったのだった。
――最後のお姫様と最後の魔法使いは、その後も深く愛し合い、幸せに暮らしたのでした。
(結)
***あとがき***
最後までお読みいただきありがとうございます!
ヨーロッパの近代風な世界を舞台にお話を書きたいなと思い、書いておりました。
リーゼとノクターンのやり取りを楽しんでいただけましたら嬉しいです!
それでは、新しい物語の世界でまたお会いしましょう!
意地悪で不愛想で気まぐれだけど大好きなあなたに、おとぎ話が終わっても解けない魔法を 柳葉うら @nihoncha
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