第31話【クリスマスパーティー】
沙優の誕生日から四日後。クリスマスイブ当日。
事前に会社に早退の申請を出していた俺は、帰宅するなり一人誰もいない自宅で、大急ぎでクリスマスパーティーの準備を開始した。
時刻は夕方五時。
あさみには大学での講義の後、沙優と合流し夜七時には一緒に戻って来るよう伝えてあるので、そこまでが勝負だ。
生クリームの粘度の調整も、市販のスポンジケーキにコーティングするのも大分慣れた。
休む間もなく、残った時間でクリスマスツリーの設置を含めた部屋の飾りつけを開始し、あっという間に時間は約束の夜七時を迎えようとしていた。
「二人で何を企んでるのかなと思ったら......やっぱりこういうことだったんだね」
あさみによる準備の時間稼ぎから帰ってきた沙優は、クリスマス仕様に彩られた部屋とローテーブルいっぱいに置かれたオードブルたちに鼻を鳴らし、笑顔をこぼした。
「まあバレバレか〜」
「これ、吉田さんが全部準備したの? 仕事は?」
「その辺の心配なら問題無い。仕事なら事前に早退の申請を出して許可は取ってある」
リーダーになったばかりの俺が恋人を驚かせるために仕事を早退するなど言語道断! と、一般の会社では今後の出世の査定に大きく響くだろうが、うちの会社はそれが許されてしまう。
仕事さえしっかりやっていれば、あとは常識の範囲内で家族や愛する人へ時間を使ってかまわない。
大手IT企業だけだって、発想が自由だ。
「そもそもうちの会社、クリスマスまでには仕事が落ち着くよう毎年調整してるんだ。上層部が何よりもプライベートの大切な日を優先したがるもんで」
「吉田さんの会社いいなー。ウチ吉田さんの会社に就職しようかな?」
「やめろ。もし来たらリーダー権限で書類選考で落としてやる」
「酷ッ!」
唇を尖らせ文句を垂れるあさみはさておき。
「ふふ。二人とも遊んでないで。あさみは帰ってきたらまず先に手洗いうがいしなきゃでしょ」
「沙優ちゃん、なんだかマ...お母さんみたい」
「こんな自分と同い年の子を産んだ覚えはありません」
洗面台のある脱衣所へ先にあさみを誘導すると、沙優は買ってきた荷物を置き、コートを脱ぎながら俺に話しかけた。
「結構大きなクリスマスツリーまで用意して。本格的だね」
「ああ。そいつはあさみん
「言ってくれれば、私もクリスマスパーティーの準備手伝ったのに」
「沙優の驚く顔が見たくてな」
ナチュラルに出てしまった発言は、寒さで冷えた沙優を温めるには
「......そりゃ......驚きましたけども......」
「沙優も早く手洗いうがいしてこい。せっかくの料理が冷めちまう。て言っても、全部スーパーやらデリバリーで買ったもんだけどな」
「ううん。だとしても嬉しいよ......ありがとね」
二人っきりになったこの一瞬を逃さんと、沙優に後ろから抱き着き、首筋に顔を這わせる。
「んぅ......」と色っぽい声に獣スイッチが入りかけたところ、脱衣所の扉の開閉音とバタバタという足音で我に返り離れた。
「ありゃ~? 沙優ちゃん顔真っ赤だね。お揃いの指輪をした吉田さんとお帰りのキスの真っ最中だった?」
「してねえから!」
「してないから!」
ニシシと口に手を当て笑うあさみがなんともわざとらしい。
せめてあさみが帰るまでの辛抱だと言い聞かせながら、悟られないよう小さく深呼吸を繰り返し気持ちを整えた。
***
「ねえねえ沙優ちゃん、カルーアミルクってどんな味するの?」
「えーっとね。思ったより甘いかな。それと凄く飲みやすい」
ローテーブルを三人で囲み、乾杯の合図でクリスマスパーティーが始まると、沙優は以前から飲みたがっていたカルーアミルクを早速堪能。
調べてみると家でも簡単にカルーアミルクを作ることができるので、丁度良い機会なので事前に沙優に内緒でカルーアの瓶をネット注文していたのだ。
「例えるなら......そう。大人のコーヒー牛乳って感じ」
「確かに。コーヒーの匂い強いね。沙優ちゃんにはもってこいのお酒ってわけですか」
「これならいくらでも飲めるかも」
「気をつけろよ。カルーアミルクは飲みやすい反面、調子に乗って飲んでるとついついキャパオーバーを起こしちまうぞ。あとカルーアの分量次第で、この前店で飲んだスパークリングワインよりアルコール度数が高くなる場合もあるからな」
酒には別名「レディーキラー」なんて呼ばれる種類が存在する。
飲みやすいが故に性犯罪にも利用されることも多く、コンパで女を酔い潰して無理矢理犯す、なんてことをする糞共が用いる酒としてもある意味有名だ。
「二人もこれから大人の付き合いでどうしても外で誰かと飲む機会ができてくるだろうけど、自分が飲む酒のアルコール度数くらいは知っておいた方がいい。特に男子大学生ともなると、安易に気になった相手を酔わせてやっちまおうっていうクズが少なからずいるからな」
「あ、それ知ってる! ウチの大学じゃないけど、同じサークルの子の同級生が新歓コンパでまだ20歳になったばかりなのに、先輩にめちゃめちゃ飲まされて危うくされかけたとか」
「怖いね。私はサークルにも所属してないし、誘われても絶対行かないことにしてるけどさ」
沙優が『誰かさんに強く念を押されていますので』と視線を送るので、小さく頷いた。
俺は飲み会に行くなと言ったつもりはないが、彼女が知らない大学の連中と飲みに行くのは、あまり気分の良いものではない。
沙優自身もあまり大勢で騒ぐことを好む性格でもないので、話が来ても絶対に断るだろうと信頼はしている。
「ちょっと暗い話になっちまったな。要は飲みすぎとアルコール度数、それから知らない奴と酒を飲む時は充分気をつけろってことだ」
「先人の有り難い実体験、大変勉強になります!」
「なんであさみは酔ってないのに誰よりも一番酔ったテンションなんだよ」
「言えてる」
唯一オレンジジュースを
来年のクリスマスパーティーは三人揃って飲めることを楽しみにしておこう。
女子大生二人と、四捨五入すると三十のおっさんが一人。
本来繋がるはずのなかった、点と点とが繋がって線になり、そこからまた新たな点と繋がって星座が生まれた。
人は『何者か』になりたいから、自分を点=星に例えるのだという。
だとすると俺と沙優を中心に生まれた星座の物語は、あさみにとってどんな意味があるのだろうか。
ふと、アルコールを摂取したばかりのほろ酔いにも満たない頭で思った。
「――吉田さん。例のアレ、もうそろそろ出してもいいんじゃない?」
ローテーブルの上のオードブルもほとんどが三人の胃袋へと消え、プラスチックの容器を一纏めに片づけていると、あさみが目配せし告げてきた。
「今度は一体何が出てくるのかな?」
「クリスマスと言えば、まだ食べてない物があるじゃんよ」
種類別にキッチンのゴミ箱へ放り込み、その流れで冷蔵庫の扉を開ける。
沙優を一切キッチンへと近づけさせない時点で気付かれているかもしれないが、こういうのは雰囲気づくりが肝心だ。
満を
「これ......吉田さんの手作り?」
「市販の物に比べたら味は落ちるかもだが、こっちの方が家庭の味感が出ると思ってな」
「私、手作りのケーキ食べるの初めてかも」
掴みは上々。
スーパーで売っている
沙優が日常で普段作ってくれる料理に比べたら楽なものだ。
「何か作ってるなぁと思ったら、こういうことだったんだ」
「まさかこれもバレてたのか?」
「だって滅多に使わない泡だて器が、ここのところよく使われてた形跡があったし。我が家のキッチンの主をナメないでください」
部屋の、それもシンクの下のごく
「沙優ちゃん、吉田さんのことよく見てるー。浮気なんかしたら即気付かれるからね」
「バカ。誰がするか」
「そうだよあさみ。吉田さんをその辺の男性と一緒にしないで」
「これは失礼。吉田さんは今時珍しいくらい誠実な男性だよね。おじさんだけど」
「うるせえ」と呟き、ケーキを食べやすい大きさに包丁で切り分け、それぞれの皿に取り分けていく。
「どうだ?」
白く甘く香る生クリームを唇に彩らせ、沙優はゆっくりと味わうように
「......うん。美味しいよ。甘さ控えめでカルーアミルクに良く合ってる」
「そうか。そいつは良かった」
全てが手作りならまだしも、市販のほぼ完成品を使った環境では大きな失敗はまず有り得ない。
だとしても本人の口から直接美味しいと言われると、安心と同時に嬉しさも込み上げてくる。
「どれどれ私もーっと......おっ。いいね。オレンジジュースにも相性抜群」
「だろ? 先週選んだ甘さの生クリームで正解だったな」
「沙優ちゃんにもこうして喜んでもらって、毎週試作品を無理矢理食べさせられていた身としては嬉しい限りだよ」
「......え?」
沙優の手にしていたフォークがテーブルの上に落ちて跳ね返り、俺の足元まで転がってきた。
「おいおい何してんだよ沙優。......沙優?」
落ちてしまったフォークを拾い、取り変えようと立ち上がろうとするが、沙優の様子がおかしいことに気付き動きを止めた。
顔を上げたその表情は満面の笑みを浮かべつつも、その切れ長の目がハッキリと据わっていた。
「吉田さん............それは一体、どういうことかな......?」
◇
次回第32話は3月22日(金)の午前6時01分に投稿予定です。 ブクマ・応援コメント・☆にレビュー、何でもお待ちしておりますm(_ _)m
また本編以外にも外伝(第0.5話)やSS等もございますので、まだ読んでいない方はそちらも是非よろしくお願いします。
外伝はこちらから
↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330662943236068/episodes/16817330664391475833
SSはこちらから
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