SS

SS1【こたつ】

「はぁ......生き返る......」

「だな......」


 11月に入ると陽が落ちるのが早くなったと同時に、朝晩の気温もガクンと一気に下がった。

 駅前のスーパーから買い出しに戻って来るなり、俺たちは揃って出したばかりのこたつに直行した。


「どうしてスーパーって、冬でもあんな冷房ガンガンについてんだよ」

「それは生もの扱ってる関係だからじゃない。傷んだら不味いし」

「にしても効きすぎだろ。俺たちを冷蔵庫の中の野菜かってくらい冷やしやがって」

「ぷっ。吉田さん、面白いこと言うね」


 別に面白いこと言うつもりはなかったんだが、沙優の笑いのツボにハマったらしく、ちょっと嬉しい。 


「これからの季節はこたつに潜ったまま外出したいよ」


「わかる。扇風機内蔵型の服があるんだから、この国の技術ならこたつ内蔵型の服だって作れるはずだ」


「待って。でもそれだと、ただの電気カイロでよくない?」

「確かに」

「確かにって......」


 基本大人っぽい沙優だが、稀に笑いのツボに入ると別人のようにケラケラと笑うことがある。

 二年ぶりに再会してからの最初の数ヶ月間は本当に大人なったと実感していたが、また一緒に生活を始めてみると、以前と変わらない癖や仕草が顔を出して安心する自分がいる。


「私、こっちの方に来てから、初めてこたつっていうのがあるの知ったよ」

「おいおい冗談言うなよ。北国出身のくせに。んなわけあるか」

「ホントだよ。うちの家は床暖房とストーブがあるからそれで充分足りてたし」

「沙優の実家が裕福だからとかじゃなく?」

「ううん。同級生でも家にこたつ持ってる子は聞いたことがないかな」


 沙優の言うことが気になって試しに手元のスマホで検索してみたが、どうやら事実らしい。

 しかも面白いことがわかった。

 北国であればあるほどこたつの普及率は低くなり、しかも北海道は47都道府県中46位。ちなみに最下位は沖縄。


「ね? 言ったとおりでしょ?」

「なるほどな。こっちと違って、元から家が気密性や断熱性重視で作られてるからなのか」


 物事には必ずしも理由がある。

 そして何でもすぐスマホで調べられる仕組みが構築された現代様様である。

 感心しているとキッチンの電気ケトルのスイッチが「カチッ」と鳴り、湧いたことを知らせた。


「あ、お湯湧いたみたいだよ」

「だな」


「「............」」


 お互いこたつの温かさが恋しく、少したりとも出たくないといった雰囲気。


「吉田さんの方が近いよ」

「俺に淹れて来いと?」

「たまには吉田さんの淹れてくれたコーヒーが飲みたいなーって」

「インスタントなんだから誰が淹れたって変わんねぇだろ」


「わかってないね吉田さんは。インスタントでも、淹れ方一つで味が格段に良くなったりするんだよ」


「じゃあ俺よりカフェ店員である沙優の方が尚更上手いはずだな」

「......」

「言い負けたからって無言で足で突くのはやめろ」


 テーブルに乗るセーターで隠れた胸を揺らしながら、沙優は俺の足を小突く。 


「どっちが先にを上げるか勝負ね」

「望むところだ」


 かくしてここに、お互いの足を小突き合い、負けた方がコーヒーを淹れに行くというしょうもない戦いが幕を明けた。

 二人で使うには少々狭いこたつの中、時折天井に膝をぶつけながらも熾烈な争いが展開される。

 そこには恋人だからという手加減は存在しない。真剣勝負そのものだ。


「んっ......」


 乱戦の中、俺のつま先が沙優の太ももの裏あたりを突いてしまうと、ほんのり甘い声を漏らした。


「あ、わりぃ」

「う、ううん。大丈夫だよ」


 一転して気まずい空気が流れる。

 すると罪深くも俺は、それまで普通の会話をしてきたのに、不意に性欲のスイッチがオ

ン側に傾く。まだ夕方だというのに。


 このあと俺と沙優は一息入れたのち、夕飯の準備を始めなければいけない。

 もう材料は買ってきてしまった。ウーバーを使うのは食材が勿体ない。

 ほんのり紅潮させた顔。

 視線を泳がせる純粋な瞳。

 テーブルと上半身に挟まれ揺れる胸。

 俺は沙優から、目が離せない。


「こっち見すぎ。目が怖いよ」

「ほっとけ。生まれつきだ」

「そうだった」


 沙優がクスクスと笑う。

 その顔が可愛くて、妙に色気を感じさせて、俺のまだ完全に傾いていない性欲のスイッチにじりじりと圧力をかける。

 もう抑えられそうになかった。


「吉田さん」

「ん?」

「そっち行ってもいい?」

「......ああ」


 向かいから俺の隣へ。肩をくっつけ合い、こたつに入って暖を取る。

 沙優は上目遣いで俺を見つめている。

 その仕草が何を求めているのか、恋人の俺だけが知っている。


「夕飯の準備しなきゃなのになぁ......」


 唇を重ねたのち、こう呟いた沙優の表情は薄く笑みを浮かべていた。

 沙優が戻ってきてくれて、そろそろ一人用のこたつから買い替える時期だと思っていたが。まだしばらくは、このままの方がいいのかもな。


       

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る