第22話【理性】

「......なんだよ沙優。驚かせ――沙優?」


 リビングへの侵入を遮るように抱き着いてきた沙優。

 衣服越しに沙優の女たる象徴がほぼ直に当たっていると等しい感覚が、心臓の鼓動を大きく跳ね飛ばし、驚きから引き剥がしあとずさりしてしまう。


 暗闇から照明の元に現れたそれは、服と呼ぶにはあまりにも生地の薄い、中がはっきりと透けてしまうほどの紫色のベビードール。

 煽情的なデザインの洋装の下から直に見える、山の頂点の二つの果実はピンと立ち。下に至っては隠すための布は大事な部分を敢えて晒すよう、中心部分だけが三角形の形に露出され、薄いカーテン越しに整えられた茂みは遠慮がちに存在感を示している。


「......どうかな?」


 羞恥で顔を耳まで紅潮させ、感想を俺に求めてきた。


「どうかなも何も......似合ってるんじゃないか」

「......嘘」

「嘘じゃねぇよ」

「じゃあなんでそんな辛そうにして顔を背けるの?」


 恍惚こうこつなまでに煽情的なその姿に、またあの黒く歪んだ感情が俺を襲い、目を背けてしまっていた。


「......やっぱり。私じゃ後藤さんには敵わないよね」

「なんでそこで後藤さんが出てくるんだよ」


 表情を曇らせた沙優の口から出たのは、俺が長年の間想っていた元上司の名前。

 一度溢れてしまった不満は、ブレーキが利かなくなった機械のように自分から止まることはできない。


「だっていくらこんな風に着飾っても、スタイルも良くておっぱいの大きい後藤さんの前には、私なんかガキみたいな体型だもん」


「んなことねぇよ」


「最近のエッチの時だってそう。吉田さん、あまり気持ちよさそうな反応してくれないし」

「だから、んなことねぇって」

「こっちを見て話してよ! 私はここだよ!」


 沙優の叫びが、シンとした部屋に響く。


 ――沙優には俺の異変を見透かされていた。

 そのうえで彼女は何も言わず、俺を信じ、俺を喜ばせようと恥ずかしい思いをしてまで

隣に寄り添おうとしてくれた。

 なのに俺は――。 


「やっぱり、私じゃ無理だったんだね」


 ――違う。


「そりゃそうだよね。私はまだ19歳。いくら法律上大人になったと言っても、後藤さんに比べたらまだまだ子供にすぎないもん。人生経験だって全然」


 ――そんなことはない。沙優はもう充分魅力的な大人の女性だ。


「無理しないで吉田さん。本当のこと言ってくれていいんだよ。お前は後藤さんに比べたら全てが劣る人間だって――」


「沙優!!!」


 これ以上、最愛の人が俺のせいで墜ちて行く姿を見たくなかった。

 そう思ったら、自身のくだらないプライドなんてどうでも良かった――。 


「俺は......怖いんだよ」

「......え?」


「沙優を......お前のことを利用してきたあいつらみたいに......いつか犯しちまうんじゃないかって......どこかでそれを望んでいる自分がいて......」


 ついに言ってしまった。


「一緒に生活するようになって、身も心も毎日重ねるようになって、沙優に今まで以上にどんどん惹かれている自分がいる......恋人になっても恋という感情は終わらない。現

在進行形で進むんだよ」


「吉田さん......」


「沙優......俺はお前が思っているよりも、ずっとクソみたいな男だ。過去の男たちのことなんて気にしていない、俺が上書きしてやるなんて息まいておきながら、本当はバカみたいに嫉妬してて――気が付いたら、沙優を独占したい、全てを知りたいって気持ちが芽生えてた」


 きっかけはほんの些細な好奇心。

 普段と少し趣向を変えた行為は、俺の中の眠っていた黒く歪んだ感情を呼び覚まし、誰も見たことのない沙優の快楽に満ち満ちた”表情かお”を見たいと、強く煽り牙を立てた。


「いつか沙優の望まない行為を無理強いさせて、沙優を傷つけてしまうんじゃないか...

...そう思ったら、セックスそのものに恐怖みたいなものを感じるようになっちまって......ホント、バカみたいだろ。いい歳したおっさんが中二病のガキでもあるまいし、自分の中ちいる化け物と戦ってるなんてよ」


 絶対にバレてはいけない嘘が親に知られ、泣きじゃくりながら白状する子供みたいに、俺は想いを吐露した。

 情けなさと沙優を傷つけてしまった自分の不甲斐なさに、視界が曇る。


「......じゃあ、私に飽きたわけじゃないんだ」

「何度も言ってるだろ。っていうか、今度自分を後藤さんと比べるようなこと言ったら本気で怒るからな」


「......そっか......ハハ」


 力が抜けてしまったらしい沙優は、その場にぺたりとへたり込んでしまった。 

 

「不安にさせちまって悪かった」

「ううん。私こそごめん。吉田さんの気持ちにそこまで頭が回らなくて」


 手を差し伸べると沙優は立ち上がり、そのまま俺に抱き着く。

 涙がワイシャツを通じて肌へと伝わり、内も外も温もりに包まれ自然と安堵の息が漏れる。


 沙優を傷つけまいと俺の取った行動は、結果的に沙優を傷つけてしまった。

 恋人とはいえ、結局は他人だからと言ってしまえば元も子もない。


 でもだからこそ俺は、沙優のことをもっと知っていきたい。

 時間はたっぷりある......昔とは違うんだ。

 もう誰も、俺たちの間を引き離そうとする人間はいない。


「指輪のお返し」

「ん?」

「ずっと考えてたんだ。ほら私、こう見えても勤勉で勤労な貧乏大学生でしょ? 吉田さんみたいに立派な物はすぐに買ってあげられないし」


 俺がナンパよ除け......改め恋人の証として送ったプレゼントのお返しを、沙優は律儀に考えてくれていたらしい。


「んなこと気にすんな。そういうのは金額の問題じゃねぇ。それに男は、自分があげたプレゼントにただ黙って喜んでくれるだけでも満足する生き物なんだよ」


「ふーん」

「......やっぱ最後の一言、撤回させてくれ」

「正直者でよろしい」


 上目遣いで覗く沙優がにししと笑う。

 一度見についてしまった癖は、どうにもなかなか離れてはくれない。


「......できれば、女の子にとって大事な”初めて”を吉田さんに捧げたかった。でもそれは、吉田さんと出会う大分前にほとんど無くなっちゃったから」


「気持ちだけ受け取っておくよ」


 沙優が本心から悪い大人に純潔を捧げたことではないことは充分に理解している。

 そうしなければ生きて行けなかった――17歳のJKに突き付けらた残酷な現実に、沙優は従うしかなかったのだ。


「前の初めてをあげることはもう叶わないけど......後ろなら、まだ」

「......沙優?」


 言葉の意味を即座に受け取った。


「大丈夫。準備はしてあるから」

「いいのかよ?」

「うん。私がそうしたいの。だからさ――」


 俺の顔を見据え、沙優はこう告げた。


「私の前では――理性を失っていいよ?」


 ......プツ、ン。


 その言葉に、全てが許されたような気がした。

 気が付いた時には、腕の中で涙を目の端に貯めて微笑む沙優に口づけを交わしていた。

 舌を絡ませ、息も絶え絶えに、濃厚に口内を貪る。


 沙優の全てを感じたい――。


 ふらつく彼女を強引に抱きかかえベッドの上に運ぶと、ベビードールの脆弱なカーテンをまくし上げ、二つの果実を片方は唇に、もう片方は指で本能のまま乱暴に堪能する。


「はぁぁぁんッ!」と嬌声を上げる沙優の声がもっと聴きたくて、舌を胸からお腹へ、そして生地がパックリと開いた、繁みへと這わせていく。

 大きく膨らんだそれを、わざとくちゅくちゅと激しい音を出して吸い付くと、また身体を何度ものけ反らせビクビクと痙攣してみせる。


「......あぅ」


 うつ伏せにさせられ、沙優が俺に捧げようと準備した蕾が、目の前でひくひくと露わになる。


「......きて」


 誘われるように、痛いほど熱くなった先端を押し当てる。

 顔は見えなくても声音でわかる。

 未知の体験に不安と怖さを抱えながらも、笑顔で俺の侵入を待ってくれている――そこまでして沙優が、俺の全てを受け入れようと想ってくれていることが堪らなく嬉しかった。


「私の初めて......もらってください......」







 行為に疲れ果て、お互い裸のままベッドの上で暫くの間息を整えていた。

 落ち着くと俺は沙優の体を抱き寄せ、その甘い香りを存分に吸い込んだ。


「沙優。体、どこか痛いところは無いか?」

「どうしたの急に」

「いや、さすがに調子に乗り過ぎたかなと。無茶して沙優の体に負担かけてないか心配なんだよ」


 いくら理性を失っていいと言われても、ものには限度があるわけで。

 お尻の初めてを貰ってからも、俺は沙優の身体を求め続けた。

 こんなにもお互いに長く行為に及んだのはいつ以来のことだろう。


「うん。今までで一番激しいエッチでした。途中どうにかなっちゃうかと思ったよ」

「ほらな」

「でもね。体のことは全然平気だよ。......ありがとね」


 礼を言いたいの俺の方だ。

 どうしようもなく抱いてしまう黒く歪んだ感情までひっくるめて、俺の全てを受け入れてくれた沙優。


 もう一生頭が上がらないなと思っていると、沙優は天井を見上げながら呟いた。 

 

「......吉田さんは、自分のことをあいつらと同じクソだって言ってたけど、違うよ。クソだったら私の体のこと心配しないし、そもそも二年前に私を拾った時点でしちゃってると思うんだよね。でもしなかった――バカでどうしようもない家出JKだった私を、家族同然に大事に扱ってくれた――そんな優しい吉田さんだからこそ、私は好きになったんだ

と思う」


「......恥ずかしいな」

「可愛いよ」


胸を指でなぞりながら俺を茶化す沙優に、霧図痒むずがゆさが襲う。


 特別な意図があって沙優に優してきたわけではない。

 ただ当たり前の態度で子供に接し、諭し、そして気付かされた。

 いつの間にか、俺にとって沙優はかけがえのない大事な存在になっていたのだと。


 特殊な出会い方と立場故に気持ちにフィルターがかかってしまったが、今ならはっきりと言える。


 ――俺は出会った時から無意識に沙優に惹かれ、惚れていた――。


「あーあ。学祭、吉田さんと一緒に回りたかったなぁ」

「この埋め合わせは絶対に来年する」

「絶対だよ(ぐ~)」


 沙優の返事と息ぴったりに、彼女の腹の虫が空腹を知らせる。


「......お腹空いちゃったね。そういえば吉田さんは夕飯食べてきたんだっけ」

「その言い方だと、もしかしてまだ沙優は食べてなかったのか?」

「誰かさんのことで頭がいっぱいでしたから」


 自分だけ一颯さんと食べてきてしまい申し訳ないと、心の中でそっと謝る。

 今度行く機会があったらテイクアウトできるか訊いてみよう。

 

「冷蔵庫の中に学祭で買ったフランクフルトと焼きそばはあるよ。吉田さんはどっちが食べたい?」

「俺はいいよ。残った方で」


「じゃあ......フランクフルトで。その方が吉田さん、喜ぶでしょ? あ、それとも、もっとしてほしかった?」


「からかいもあんまり度が過ぎるとおっさんに見えるぞ」


 沙優の目線の先にはフランクフルト――ではなく、既に元気を取り戻しつつあった俺のモノ。 

 久しぶりにくだらないピロートークを交わし、余韻を楽しむ。


 気が付けば、沙優を犯したいという感情は、俺の中から跡形も無く消えていた――。

 


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