第32話【本音】
耳までほんのり赤くさせ、恐怖を感じさせる不自然なまでに作られた、
そして決して幻聴などではない、背中から聴こえてくる『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』という物騒な擬音。
直感で俺の本能が盛大に激しく警告音を鳴らしていた。
「......おい沙優。どうしたんだよ」
「ふふ......ふふふ......」
この壊れた機械仕掛けの玩具みたいなバグった雰囲気――思い当たる節があり、横のベッド側に座るあさみへと視線を向けた。
「ごめん吉田さん......吉田さんがトイレに行ってる間にこれを......」
手に取ったカルーアの瓶で全てを理解するのに事足りた。
「......嘘だろ? 原液をそのままでいったのか!?」
「私は止めたよ! でも沙優ちゃんが「私は兄さんに似てきっと耐性が強いから平気だ」って言うから」
「どのくらい飲んだ?」
「ほんの少し。醤油皿に醤油をなみなみと注いだくらいの量を三杯」
カルーアのアルコール度数は原液だとカルーアミルクとして薄めた場合の約二倍以上。
酒を飲みなれていない、ましてや二十歳になって四日しか経過していない人間が摂取するには無茶にもほどがある。
「なにわたひにないひょでこひょこひょはなひてるの!!」
呂律の回っていない沙優の叫びが、部屋の空気により変な緊張感を漂わせた。
「べ、別に内緒話なんかしてねえよ。なぁ、あさみ?」
「そ、そうだよ沙優ちゃん。一旦落ち着いて――」
「これがおちついていられないからおこってうんでひょーが!」
テーブルの上に沙優の小さな拳がドン! と振り下ろされ、グラスの「カラン」という氷の音が残響として響く。
泥酔......今の沙優の状態を一言で表すとこうなる。
「ふたりはむかひっからそう......わたひにないひょでかくひごとひてさ......まいかいなかまはずれにされてう、わたひのみになったことあう!? ....ひっく」
「......おっしゃるとおりです」
「ごめんね沙優ちゃん。ウチ、沙優ちゃんの気も知らないで」
酔っ払いの意見を頭ごなしに否定するのは
あさみもすぐに俺に倣って方向転換し、謝罪の方向で互いに正座して迎え撃つ。
「......わたひだって、ほっかいどうにかえらないで、よひださんとずっといっひょにいたかった......」
すんと鼻を鳴らし、怒りから一転。今度は泣きはじめてしまった。
「ようにじぶんのへやでべんきょ~ひてうとさ、「いまごろあさみは、よひださんのいえにいるのかな~」ってなんどもおもうたび、なみだがとまらなくて......うらやまひかった......」
「沙優......」
「沙優ちゃん......」
酔っ払いの本心を隠さない、真っすぐな感情の吐露に、俺の胸は締め付けられるように切なく痛かった。
自分への嫉妬心を告げられたあさみだってそれは同じく。顔を歪め、唇を結びながら親友へのフォローの言葉に困り果てていた。
「......その沙優ちゃんが頑張ったおかげで、今こうして吉田さんと恋人になって、一緒に暮らせてるわけじゃん」
「そうなのです!! ......えへへ......」
酔っ払いらしく感情の起伏が激しい沙優は、スイッチが切り替わったように緩んだ表情で俺の懐に飛び込むと、すりすりと胸に顔を
カルーアの強いコーヒーの香りと本人の甘い匂いが混ざって、こちらまでそっち側へと連れて行かれそうになるが、ここにいる大人の代表としてそれだけは絶対にマズイ。
頭を優しく撫でながら一緒に自制心の調律もこなす。
「さ、沙優ちゃんは本当に吉田さんが大好きなんだねー」
「うん! だいすき! だいすきだから、こ~んなこともできうひ!」
「んぐっ!?」
顔を上げた沙優が一瞬にして俺の眼前に現れたと気付いた時には、既に唇は塞がれていた。
隙間から舌が侵入し、口内を艶めかしく動き浸食していく。
「!!!??? ちょ、ちょっと沙優ちゃん!!!???」
「......はぁッ! さ...んむ!? ......んぅぅぅ......」
脳が痺れるほどの濃厚なキス。
人前だろうが気にしない、むしろ見せつけるようにわざと音を立てているのでは?
激しくついばむ親友の淫らな行為にあさみは両手で顔を覆うも、指の隙間からこっそり覗いているのが窺えた。
ぴちゃくちゃと、カルーアミルク味の唾液が絡む音が絶えず耳の奥まで届き、意識が徐々に
沙優を引き剥がそうにも凄い力でキスに夢中。肉付きのほどよい体のどこにそんな力が。
先に
「ふ、二人とも仲いいね...... ウ、ウチ、終わるまでベランダにいるからさ。吉田さん......あとは任せた!」
「おい! あさ...んぃっ!」
「......えへへ......よひださ~ん☆」
俺の助けを求める手は虚しく空を切り、薄茶色の顔を赤く染めた
*
「あれ? もう終わったの?」
「ハァハァ......ハァッ。......あさみ、お前なあ......」
ベランダで小さく震えるあさみは、柵に背中を預け隣に座り込む俺の顔を見るなり、安堵の顔を浮かべた。
どのくらいの時間、泥酔し暴走した沙優と唇を交わしていただろうか。
幸い本番を前に沙優は電池の切れた玩具のように停止し、どうにか事無きをえた。
「ゴメンって! だって沙優ちゃんが酔うとあんなに乱れるなんて思いもしないじゃん」
「この前は何ともなかったんだけどな......多分、キャパをオーバーしたんだと思う」
アルコール度数の低いスパークリングワインでは大丈夫だったものが、カルーアの原液では針が振り切った。
沙優はおそらく、酒に対して一颯さんほど強くない。いや、一颯さんが化け物というべきか。
「沙優ちゃんは?」
「ベッドで寝てる。こりゃ明日の朝まで起きないだろ」
「あちゃ〜。残念だったね吉田さん」
つい数分前までご乱心だったこのサプライズクリスマスパーティーの主役は、ベッドの上で呑気にすやすやと寝息を立てながら夢の世界へ。
何の夢を見てるのかは知らないが、寝言でまで俺の名前を呼んでいた。
「全然酔った気配を感じさせないから全く気付かなかった」
「沙優ちゃん、二人きりの時は普通だけど、ウチら三人が揃うと口数減るからね。そういうタイプの子、会社にもいるっしょ?」
「まぁな」
苦笑するあさみの指摘通り、この三人が一緒にいると俺とあさみが会話の中心となり、沙優はそこへ時折入って来る流れが昔から構築されていた。
会話の仕方というのは、その人物の性格がよく現れるものだ。
「あの様子だと、明日は下手したら一日中地獄見るの確定かもな」
「もしかして二日酔いってヤツ? うわ〜、沙優ちゃん本当に申し訳ない」
ベッドの方角に向かって、あさみは両手を合わせ頭を下げた。
その雰囲気がどこか無理矢理明るく装っている気がして、思ったことを口にした。
「......あんま気にすんなよ」
「何が?」
「沙優の言ったこと。あれは本心ではあるだろうが、それ以上にあさみには絶対に感謝してるはずだから」
二年ぶりに沙優と再会し、この部屋で久しぶりに三人が揃った際。俺とあさみに漏らした印象深いあの言葉。
『なんだか、私がいない間も、ここで二人の時間を積み重ねてたんだな〜と思って』
焦って血の気が引いたあさみを
半年以上寝食を共にした濃密な期間と、二年間週に一・二回程度、夜にやって来れる距離感。
どっちがいいかなんてのは人それぞれ。
だが沙優は、あさみに嫉妬してしまった。
人は自分の環境よりも、相手の環境の方をちょっとでも良いと感じれば、どうしたって羨んでしまう。
優劣なんてつけても仕方がないのに。
「わかってるよ。ウチと沙優ちゃんの関係がそのくらいで壊れるわけないじゃん。女の友情なめんなし」
「ああそうかい。ありがとな」
「吉田さんこそ、沙優ちゃんを幸せにしなかったら許さないから。そのつもりで」
「もちろん。この指輪にかけて、俺の残りの人生全てをかけて幸せにしてみせる」
薬指に輝くホワイトゴールドの指輪。
紺色の空に掲げ立ち上がり、アパートの外を覗くと、空からひらひらと白く小さな雪の結晶が舞い降りてきた。
一緒に見たかった相手は、今頃夢の世界で俺と一緒......と思いきや。
「......ふたりでま~たないひょばなひひてるぅぅぅぅぅぅ」
「「沙優!?」ちゃん!?」
窓の開く音と共に後ろを振り返った先には、朝を待たずして目覚めた酔っ払いが。
呂律からご乱心状態も健在なようで、ふらふらでも窓の縁に手をかけこちらを見据えている。
「見てよ沙優ちゃん! 雪降ってきたよ!」
「は? ゆき? ほっかいどぅではひょんなのにちひょ~ひゃはんひだひ! うれひくないよ! ......でも、よひださんとならうれひい!」
「はいはい。沙優、帰ってこーい......」
居室から飛び出し抱き着く酔っ払いのお姫様の頭を撫でながら、聖夜に舞い降りた神様からのサプライズを、三人で少しの間眺めてから部屋に戻った。
◇
次回、第33話(第3章完結回)は3月29日(金)の午前6時01分に投稿予定です。
また次回は本編とは別に久しぶりのSSの投稿も一緒にございますので、お楽しみに!
あとたった一言でも良いので、何かレビューをいただけると、とても嬉しいです!m(_ _)m
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