第30話【ペアリング】
家族や友人たちとの今日過ごした思い出に浸る人々の空気漂う、休日夜の電車に揺られ、連れて来られた場所はジュエリーショップ。
家の最寄り駅前、ショッピングモール内にあるそこは、閉店時間直前なこともあり、客は俺たち以外誰もいない。
沙優は店に入るなり店員に申し訳なさそうに何やら話しかけると、指輪のコーナーへと案内される。
「何か欲しい指輪でもあるのか?」
ショーケースに飾らた指輪たちを見ながら、値段の相場のチェックも欠かさない。
冬のボーナスも入ったことだし、懐的には余裕がある。とんでもなく高価な物じゃない限り買えるだろう。さすがに沙優の性格からしてそれはあり得ないだろうが。
「いいから。ちょっと待ってて」
唇に人差し指を当て
「お待たせいたしました。こちらの指輪で間違いないでしょうか?」
「――はい。大丈夫です」
店の奥から戻ってきた女性の店員の手元には、白く四角い小さな箱。
中には二つの指輪が横一列に並んでいた。
「ペアリング?」
「うん。恋人になってからもう半年以上も経つのに、私だけ薬指に指輪してるの、ずっと寂しかったんだから」
「......あ」
夏祭りの際、俺が改めての告白と一緒にプレゼントした指輪は婚約指輪でもあり、沙優に悪い虫が付かないようにするための御守り代わりでもあった。
アクセサリー系に疎いこともあり、自身の物は
「会社の人たちにも私の存在が公になったことだし、これなら普段から身に着けることができるかなと思って」
「なるほどな。いいんじゃないか」
沙優の言う通り、デザイン自体はほぼ一緒のホワイトゴールドのリング。ただ女性用はダイヤがあしらわれ、男性用はリングのみ。
シンプルだから仕事中も付けていても何ら問題はなさそうだ。
「相手のことを想うのは吉田さんのいいところだけど、もっと自分のことも想いやってよね。ただでさえどこでも女性にモテるんだから」
「ん? 何の話しだ?」
「こっちの話し。ほら、早くはめてみて」
意味がわからずも促され、左手の薬指に指輪をはめてみる。
サイズも丁度ピッタリに合い、ショーケースの上に置かれた試着用の鏡には、二人揃って同じデザインの指輪をはめている姿が。
「......いいな」
「でしょ?」
なんで夏祭りの時にペアリングにしなかったんだと胸の中で後悔した。
愛する人とお揃いの指輪を同じ箇所にはめただけなのに、一気に絆が深まった感覚が全身に駆け巡り、感動で鳥肌が立つ。
「大学の時は今までどおり夏祭りの時に貰った指輪をしていくから安心して」
「わかった。で、いくらするんだ」
「いいよ。出さなくて」
そう言われ、一瞬思考が止まった。
「は? おいおい。今日は沙優の誕生日だろ。まぁ誕生日じゃなくても買ってやるが」
「ふふ、ありがと。じゃあ私がなんで先月バイトの出勤数増やしたと思う?」
「そりゃお前、店側に人手が足りないから出てくれって頼まれて......!? おいまさか......」
点と線が繋がった。サプライズ成功と顔に書いてある沙優がニヤニヤと視線を向けてくる。
「少し早いけど、私からのクリスマスプレゼント。受けとって、くれますか?」
「......はい。喜んで」
今日という大事な沙優の20歳の誕生日を、幸せで胸いっぱいという形で終わらせるつもりが、最後に予想外のサプライズを受け取ってしまった。夏祭りの時のお返しと言わんばかりに。
沙優は日に日にいい大人の女へと成長していく。
まだ少しJK時代の面影は残してはいるが、それもいつしか年齢と共に消えていくのかもしれない。
人は変わる生き物だから、仕方のないことだ。
でも根本にある沙優の『魂の質』だけは、ずっと変わらないでいてほしい。
きっと大丈夫だ。
沙優は逃げ出した先でも続いた絶望的な状況にだって自分を捨てず、俺や優しい大人たちと出会ってやり直すことができたのだから――。
「ありがとうございます。では指輪はこのままされていかれますでしょうか?」
「ああっ! は、はいっ! お願いします!」
二人の世界に浸るあまり、ここが店の中だということを完全に失念していた。
「閉店間際にお邪魔して申し訳ありません。間に合って良かったです」
「いえいえそんな。素敵な光景を拝見させていただき、こちらこそありがとうございます」
「「............」」
穏やかな口調でさらっとからかわれ、俺たちは返す言葉も出ず互いに視線を彷徨わせた。
*
「やっちまった......」
「そうだね......」
無事にペアリングを買い終え、ショッピングモールを出て家路につく。
店員が特別な記念日だからと気を利かせ、空の箱をラッピングしてくれたのは良いとして。その待っている間の時間がなんと地獄だったことか。
夏祭りの指輪を買った店もそうだったが、ジュエリーショップの店員というのは綺麗で性格の良い人が多い気がする。
「にしても、俺に内緒でペアリングの代金を稼いでいたなんてな。言ってくれれば事前にスケジュールに組み込んだのに」
「言ったらサプライズにならないでしょ。それにイブの日はあさみと何やら企んでるみたいだし、一緒に行くなら今日しかないなって思ったからさ」
「そりゃそうか」
誕生日、すなわち今日から4日後。
沙優にはクリスマス・イブの夜は、俺とあさみのために予定を開けておいてほしいとだけ伝えてある。
当日は平日で、日中は仕事に片や学校。
また今日みたいに美味しい店で食事も悪くはないんだが、誕生日とはまた違った趣向を凝らした方が面白いだろうという提案に至った。
「指輪のサイズもピッタリとは。寝てる時に測ったのか」
「測るチャンスなんていつでも。誰かさんみたいに友達を使って調べさせてはいませんので」
「へいへい」
指輪を買い慣れていない人間の初歩的ミスはさておき。道を一本入ると、クリスマスムード一色で賑わい輝いていた街が嘘のように、徐々に暗く静かな景色へと変わっていく。
「こうして二人で薬指に指輪をはめているとさ、なんだか夫婦みたいだね」
「......ああ」
視線の先。左手の薬指にはめられた、沙優から貰った初めての、一足早いクリスマスプレゼント。
俺のためにと、学業の合間に汗水たらしながら働き買ってくれた想いの詰まったペアリングに、涙腺が緩まないわけがなかった。
「沙優はさ」
「うん」
「結婚式は挙げたい派か」
恋人同士になり面と向かって『結婚』を口にしたのは、夏祭り以来のこと。
絡めた沙優の指に小さくビクンと力が入る。
「私はどちらでもいいかな。あ、でもウェディングドレスは一度着てみたい」
「沙優は白無垢よりそっちの方が似合うかもな」
「やっぱり? 女の子なら憧れちゃうよね。純白のウェディングドレス」
夜空を見上げながら語る沙優の横顔を見つめ、ほんの少し先の未来について思案する。
最低でも籍を入れるのは沙優の就職が決まり、大学を卒業してから。
その頃には俺は30歳を超えさらにおっさんに。
沙優は、今よりももっと美しい大人の女性に。
「結婚指輪って、確かお給料の三ヶ月分だっけ」
「いいや。今は一ヶ月半分が相場らしい」
「ケチ」
「今、俺じゃなくて世間の男どもに言ったと解釈していいんだよな」
そもそも『結婚指輪は給料三ヶ月分』は、日本のダイヤモンド会社が約60年前、販売のために使い出したキャッチフレーズらしい。昔と今じゃ当然相場が違う。
「どうでしょう。ちなみに私は金額より、贈る側の想いが籠ってる物なら何でも嬉しいよ」
「沙優は本当にいい嫁さんになるよ」
「なる?」
「訂正する。嫁さんになる前からもうなってるな」
「ふふ。お褒めに預かり光栄です」
恋人としても、沙優は本当に俺には出来過ぎた恋人だと思う。
学業とバイトで忙しいのに家事全般をこなしてくれて、たまに自分がやるとそのありがたみが身に染みてわかる。
沙優の笑顔は、人を虜にし、幸せを与えてくれる――もう沙優無しの人生なんて考えられない。
「明日もさ」
「ん」
「お休みでしょ」
「日曜日だからな。沙優ももう土日はバイト入ってないんだろ」
上目遣いでちらちらと周り
「うん。誕生日が終わるまでまだ時間あるし、帰ったらその......私の好きなようにいっぱいしていい? ほら、最近はお互い忙しくてあんまりできてなかったし」
「んなの、誕生日が終わるまでと言わず、無期限で大歓迎だ」
「そっか......えへへ」
繋いだ指が離れる寂しさを感じたのは僅か一瞬。
人目がないことをいいことに、腕にぎゅっと胸を密着させ抱き着いてきた。
多分外じゃなかったら、このまま沙優を押し倒していたかもしれない。
これは久しぶりに朝までコース確定だな
――紺色の空に佇む綺麗な満月に見守られ、今宵も地上では男女が夜通し愛を
◇
次回第31話は3月15日(金)の午前6時01分に投稿予定です。
ブクマ・応援コメント・☆にレビュー、何でもお待ちしておりますm(_ _)m
また本編以外にも外伝(第0.5話)やSS等もございますので、まだ読んでいない方はそちらも是非よろしくお願いします。
外伝はこちらから
↓ https://kakuyomu.jp/works/16817330662943236068/episodes/16817330664391475833
SSはこちらから
↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330662943236068/episodes/16817330668115160028
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