素直すぎるギャルはオタクな僕に興味を持たれたいらしい

pan

なんでこうなった

「えー、なにこれ。ウケるんですけど。こんなストラップ付けてて恥ずかしくないの?」


 相も変わらず、今日もクラスのギャルに絡まれる。


 彼女の手にはアニメキャラのストラップ。僕の筆箱に付いていた物だ。


 それを掲げるように高く持ち、わざと声を大きくする。悪目立ちもいいところだ。


 そして極めつけは、目の前にいる彼女が座っている席が彼女の席ではないということ。


 わざわざ毎日毎休憩時間。僕の目の前に来ては、悪態をつくような行動しかしない。


「別にいいだろ。僕の勝手なんだし」


「あ、ちょ――」


 奪うように彼女の手からストラップを取る。


 毎回同じようなことをするものだから慣れてはいる。けど、周囲の目線が気になって仕方ない。


 それはもちろん。なんで彼女がわざわざ僕に構っているのか気になっているからだ。と、僕は思っている。


 僕を心配するような目で見る人もいれば、憐みの目で見てくる人もいる。だけど、ほとんどは羨ましそうというか。特に男子からな。


 彼女の見た目からしてそう思うのが妥当だ。


 第二ボタンまで開けられたブラウス。学校指定のネクタイをしているが緩めている。その状態で前かがみになられてはこっちも困る。


 それに明るい茶色をした長い髪。夏だからかシュシュでまとめられている。


 とっておきは端正な顔立ちとそれに見合ったスタイル。モデルはやっていないらしのだが、浅い知識しかない僕でも彼女がモデルをやれば絶対成功すると言い切ってもいい。


 そんな彼女が僕の目の前にいるのだ。


 たまにクラスメイトから「付き合ってんの?」なんて聞かれる。思春期にありがちな噂話というか、好きそうな話だ。


 だけど、僕には興味がない。彼女、楠本くすもと美空みくに興味がないのだ。


 だって、三次元じゃん。


 二次元を愛し、どんな時でも妄想にふける。それが僕。こんな僕が興味なんて湧くと思うのか。


「ねえ」


 だけど、楠本は違うみたいなんだ。


「……今日一緒に帰ろ」


 まわりに聞こえないように小さくされた声。いつものように顔を近づける楠本の顔は少し赤い。


 もちろん体も近づいているわけで。


 三次元に興味はないよ?

 ま、まあ。目のやり場に困ることはあるけどね?



 ◇◇◇



「あー! 今日も疲れた!」


「いて! わざと当ててくんなよ……」


 楠本が伸ばした腕が顔に当たった。


 恥ずかしながら僕より楠本の方が身長は高い。微々たる差だが、男の方が低いと気にしてしまう。


 相変わらず楠本はニコニコしているし。無性に腹が立ってくる。


「ねね」


「今度は何……」


「今日は家においでよ! 誰もいないからさ!」


「は?」


 何を言い出したかと思えば勧誘かよ。しかも誰もいないって。悪い予感しかしないんだけど。


 世の中の男子が言われたら嬉しい言葉ランキング上位には入ってくるのだろうが、僕的ランキングには入ってこない。


 そりゃそうだろ。次元が違う。


「ねえ、ダメ?」


 急に甘えた声で顔を近づけてくる楠本。


 どうして楠本と関わることになったのか。きっかけはあると言えばあるのだが、僕にとっては些細なこと。ただの偶然だった。


 それは、たまたま好きなアニメ作品が同じだったこと。どうやら楠本のお兄さんがオタクらしく、一緒になって見ていたらしい。どうでもいいことなのだが、あんだけ嬉しそうに話すもんだから頭の中に残ってしまう。


 それからというもの学校でも話すようになった。まあ、話すといっても大体は休憩時間のイジリのようなもの。


 楠本いわく今ま築いてきたキャラクター性を崩したくないから、ああいう態度をとっているらしい。僕も気にしてはいないからいいんだけど。


 そんな楠本は学校で生意気で時にクールな一面を見せているが、僕の前では違う。


「ねえってば」


 裾を引っ張ってくる楠本。まるで猫のようだ。構ってほしそうに瞳を向けてくる。


 わかりやすく二次元で例えるならば、今は『デレ』。おそらく僕にしか見せない楠本のデレ。


 別に優越感とかはない。が、かわいいとは思ってしまう。単純な男子なら惚れてしまう仕草だし、しょうがない。


「……すぐ帰るけど、それでいいなら」


「やったー! じゃあ、早く行こ!」


 嬉しそうに小さく跳ねる楠本。なんだこの生き物。かわいい。



 ◇◇◇


 

 楠本の家は学校から近かった。徒歩で10分もかかってないと思う。


「じゃ、じゃあ。ちょっとここで待ってて!」


 楠本は玄関に入ってから何かを思い出したかのように階段を駆け上がる。


 もちろん僕は玄関で棒立ち。ずっと平然を装っていたが、なんと初めての女子の家。どうすればいいかわからず動けない。とにかく今は言われた通りに待ってみる。


 本当に誰もいないのか、靴はさっき楠本が脱いだ二足だけ。


 やばい、妙に緊張してきた。


「お待たせ! 上がってきていいよ!」


 楠本の姿は見えないが、そう声が聞こえてきた。

 まだ片付けているような音が聞こえてくるが、本当に大丈夫なのか。


「お邪魔します」


 初めて入る女子の部屋。やはり可愛らしいというか、色があるもので溢れている。


「ここに座って!」


 隣に座ってほしいのか楠本は右手で床を叩く。

 僕は腰を下ろして、ただただ目の前にある丸いテーブルを見つめた。


 いや、だって何すればいいか分からないし。誘ってきたのは楠本だから僕から何か言うのもおかしい気がするし。


 楠本はモジモジして口を開こうとしない。


 え、マジでこういうときどうしたらいいの?


「ね、ねえ」


「ん?」


「名前で呼ばない? 仲良くなってきたし、苗字で呼び合うのも飽きてきたっていうか……」


「別にいいけど。美空で合ってる?」


「え!? あ、うん。合ってるけど、名前知ってたんだ……」


 そんな驚くことがあるか。僕はただ言うことに従っただけだし。


 嬉しいのか美空は顔を両手で覆う。緩む口元を隠そうとしているのだろうがもう手遅れ。


 てか、こんなことで家に呼んだのか?


 この雰囲気に合っているとは言い難いやり取りに拍子抜けというかなんというか。


「じゃ、じゃあ。私も。れん、くん」


「いや、『くん』付けかい」


「なんか付けた方がよくない? その方がかっこいいし!」


「理屈がわからんけど……てか僕の名前よく知ってたね。言ったことあったけ?」


「え!? い、いや! 座席表見ればわかるくない!? それだったら何で蓮くんは私の名前知ってるの!」


「それはまわりが美空美空言ってるからだ。勝手に耳に入ってくるから覚える」


 自分がちょっとした有名人だということを自覚してほしいもんだ。ちなみにこれは建前で名前を知ったのは最近。


 よく絡んでくるもんだから名前だけは覚えておこうと座席表を見た。まさしく楠本が言った通りの行動を取っていたが、今は黙っておこう。


 何も言い返してこないのか、美空は黙ったまま。


 言いたいことがあるのか、時々体を向けてくることがある。けど、またもとに戻る。そんなことを繰り返して10回目。


「あの、言いたいことがあるなら言ってもらえると……」


 たまらなくなった僕は沈黙を破った。さすがに同じ行動を取られるとイライラを通り越して呆れてくる。


 これで言ってくれればいいのだが、まだ美空は言わない。


「……何もないなら帰るけど」


「ちょっと、まって」


 冗談のつもりだった。だけど、美空は本気にしたらしく上目遣いで訴えかけてくる。


 なんなんだこの状況。三次元に興味がないはずなのに、意識してしまう。


 女子の部屋に二人きり。

 僕の制服を掴む美空。

 上目遣いの美空を見る僕。


 美空の顔は、いつも学校で見ているものとまるで違う。


 ……って、あれ?

 もしかして僕、美空のことが気になってる?


「ねえ、どうしたら私に興味持ってくれるの」


 美空は声を震わせる。

 待ってくれ。心臓がずっとバクバクしてる。


 興味を持ってるとか、そういう話をされると正直に言ってしまいそうじゃないか。


 加速する鼓動と止まる思考。

 言いたいのに言えない、素直な言葉。


 きっと僕は、今の関係が壊れることを恐れているんだ。


 けど、今の状況を考えれば言ってしまった方が楽になるに違いない。


 だけど、もう駄目だ。恥ずかしくて死にそう。


「どうしたらか……」


 絞り出しても言葉は続かない。その時、僕の目に入ってきたあるストラップ。それは僕の筆箱にも付いていたもの。


 同じものを美空も持っていたのか……。って今はそんなことどうでもいいだろ。


「……もしかして千明ちゃんみたいな子ならいいの?」


 全然どうでもよくなかった。

 千明ちゃんとはそのストラップのアニメキャラのこと。


 黒髪ロングのストレート。学園モノの作品で生徒会長をやるほどの優等生キャラ。言ってしまえば美空とは正反対。


 でも、どちらかといえば千明ちゃんみたいな子の方が僕は好きだ。だけど、それは二次元に限る。


「そう、かな」


「そう、なんだ……」


 ちょいちょいちょいちょい。流れで言っちゃったよ。

 結構最低なことしてないか、僕。


 美空は悲しげな表情を浮かべながら俯いている。


 思わず顔を逸らして、また丸いテーブルを見つめた。もう戻れないな、これ。


 この後はただただ沈黙が続いたが、美空が「帰ってもいいよ」と言ってきて解散となった。



 ◇◇◇



 最悪なことに美空の家にお邪魔した日は金曜日だった。つまり土日を挟んでからの登校。


 どんな顔をして登校すればいいか考えていたが、何も思いつかなかった。


 今までの美空を否定するようなことを思ってしまった。言ってしまった。


 そんな後悔が頭の中を駆け巡って気持ちの整理がつかなかったのだから仕方ない。


 そんなことを考えていたら気づけば学校。もう当たって砕けろだ。話しかけられても、今まで話かけたことはない。話しかけられた時に謝ろう。


 教室のドアを開けて見渡してみるが、まだ美空は来ていない。


 それもそうか、考え事しすぎていつもより一時間早く家出ちゃったもんな。とりあえず自分の席に座っていよう。


 そうしようとした瞬間。一人、教室におどおどと入ってきた。


 黒髪ロングのストレート。きちんと第一ボタンまで留められた制服。ネクタイも緩めていない。まるで優等生のような風貌。


 千明ちゃんそっくりだな。

 もしかして、夢?


「あ、蓮くん! おはよう!」


 え、僕の名前知ってるの?

 めちゃくちゃいい夢じゃないか。


 でも、千明ちゃんって、もっと落ち着いてなかったっけ。


「おはよ、今日は早いね」


「え、あ、うん。早く見てほしくて……」


 ええ、そんなに僕に見てほしかったの。

 嬉しすぎる。夢なら覚めないでくれ。


 でも、千明ちゃんって、こんな健気だったっけ。


「……もしかして、美空?」


「え!? 気づいてなかったの!?」


 ちょっと待て。マジで千明ちゃんそっくりだ。

 ……もしかして、僕の言ったこと間に受けたのか?


「まだ慣れないけど、これで蓮くんが私に興味持ってくれるなら、それでいいよ」


 ああ、これはマジだ。本気と書いてマジ。


 なんだこの健気な生き物。もうこれ、僕のこと好きなんじゃないの。直接言われたわけじゃないから分からないけど。


「行動力がすごいな……」


「す、好きなんだから仕方ないじゃん!」


 ああ、言っちゃったよ。急に告白されても困るって。


 なら、僕もそれに応えたい。

 けど、無理なんだよね。


「マジですごいよ、美空。そこまでするなんて」


「いや、だから――」


「今までの仕返しで言っただけなんだけど、キャラを大事にしていた美空が僕のためにそこまでするなんて」


 美空は何かいいたそうにしている。けど、僕は気にしない。というより、止まらない。


「マジで千明ちゃんそっくりでビックリしたわ」


「これで私に興味持った!?」


「そりゃね」


 美空は花が咲いたような笑顔を作る。


 興味を持たれることがそこまで嬉しいことなのかは分からない。


 それはあくまで僕だけの話で美空にとってはすっごく嬉しいことなんだろう。


「じゃあさ! 付き合おうよ!」


「は? なんでそうなる?」


「え、私のこと好きなんじゃないの?」


「いや、まあ。興味は持った」


 いや、違う。


 僕は目の前にいる美空のことが好きだ。

 見た目も、美空という女の子も。


 けど、今は勇気がない。

 この気持ちが恋愛的なのものなのかも分からない。


「てか、素直すぎな。なんで僕が言ったことを鵜呑みにしたんだ」


「キャラ変したかったし、別にいいかなーって。蓮くんともこれで深い仲になれるなら全然アリだし」


「マジですげぇな……」


 恥じらいもなければ、自尊心もないのか。

 美空と絡んでいたら僕にまでその素直さが伝染しそうだ。

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