―蟠―
朝から雲一つ無い澄み切った青空の下、伊織を乗せた真っ赤なロードスターは熱海峠料金所から天城高原料金所まで、南北に四十キロ縦断する伊豆スカイラインを軽快な速度で南下していた。
平地より標高が数百メートル高いため、布製の
むしろ視線を遮るものがないため、抜ける青空と雄大な富士山――それに
ペーパードライバー化している伊織とは対照的に、運転席でハンドルを握る奈保子はよほど運転に慣れているのか、クラッチペダルを素早く踏むと視線は前に向けたまま、シフトレバーを巧みな手捌きで操作する。
ぐんぐんと加速していくロードスターとすれ違う運転手は、赤い車体に肥満体型の運転手という組み合わせに、もしかしたらジブリ映画に出てくるキャラクターを思い浮かべているかもしれない――口にはしないが、少なくとも伊織はそう思った。
「まさか、奈保子が運転得意だとはね」
後方に流れていく景色を留めておこうと、スマホで動画撮影をしながら無言を嫌って尋ねた。
「最初は人並みの運転技術だったけど、本部に向かうにはどうしても伊豆スカイラインを通らなくちゃいけないからね。何度も通ってるうちに運転そのものが楽しくなって、この車も前の
「でも、これってツーシーターよね。家族全員で乗れないじゃない」
「いいのいいの。どうせ息子は友達と遊んでる方が楽しい時期だし、一緒に車に乗ることも少ないから。ちょっと値は張ったけど、最高の車よ」
高調した顔でアクセルを踏むと、シートに上半身を押し付けられる加速感に包まれる。諸々込みで三百万を超えるという新車の購入を、よく旦那は許してくれたもんだ。もしも健吾が許可なく数百万を浪費したりしたら――堪忍袋の緒が切れて鬼の形相で詰め寄ることは間違いない。
「そういえば、いーちゃんは結婚まだなんだっけ?」
「なによ、突然。一応同棲してる相手はいるけど……向こうは真剣に考えてなさそうね」
なかなかセンシティブな話題を軽口で向けられ、心臓に矢が刺さったような痛みを覚える。結婚も出産も済ませてる女性特有の、余計な気遣いは夏に発生する蚊のように鬱陶しいことこの上ない。
「もしも本気で結婚相手を探すなら、揺り籠の会は最良のパートナーを見つける手伝いもしてるからね」
「それって、合同結婚式みたいなもの? 別の新興宗教でそんな儀式が行われているのは聞いたことあるけど」
「違う違う。結婚相談所をイメージしてもらえるとわかりやすいかしら。教義の一つで〝子は神から貸し与えられし宝〟と定められているから」
奈保子も現在の旦那と結婚していなければ、利用したかったとボヤいていた。なだらかに続く坂道を登りきって下り坂に差し掛かると、開けた視界に周囲の自然と相反するような奇抜なデザインの建築物が、伊織たちを出迎える。なによりその巨大さに度肝を抜かれた。
「これはまた……妙なデザインの建物ね」
ライターの末席に身を置くものとして、恥ずべきことではあるがその外観をなんと説明すればいいか、咄嗟には思い浮かばなかった。信者が総本殿と呼ぶ建築物は、教団が天城山麓に三百億円もの資金を投じて建てたと言われている。
奈保子は随分と本殿に詳しく、延べ床面積まで把握していた。二万三八〇〇平方メートルに高さは六十メートル――身近にそこまで巨大な建造物はそう多くはない。
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