―消―
淹れたての
「あっつ!」
女性であることを忘れたような、野太い声を発した伊織は慌ててマグカップをテーブルの上に置く。何故猫舌の人間は、一生のうちに同じ過ちを何度も繰り返すのだろうか。
確実に火傷したであろう患部を冷ましながら、ノートパソコンに表示された〝揺り籠の会〟に関する検索結果を上から順にチェックしていく。
揺り籠の会は十年前に活動を停止していた休眠団体を乗っ取る形で、法人資格を得ていることを本条さんから教えてもらった。ホームページに記載されている沿革には当然のことながら、馬鹿正直に資格を取得した経緯は記載されてはいない。
その代わりに、同年に
思わず突っ込みたくなるが、この手の手法は新興宗教でよく見かける。新興宗教の教祖には、信者を惹きつける圧倒的なカリスマ性――それに人智を越えた〝奇跡〟が求められるからだ。
天啓を得た来宮も〝神通力〟とやらに覚醒し、その後数年をかけて難病に苦しむ患者を次から次へと回復させたというが――真偽の程は定かではない。
教義自体も古今東西の宗教から、良いところだけを切り取って貼り付けたような、耳障りの良い
背もたれに体重をかけて天井を見上げる。一見すると何処にでもある宗教法人の一つとしか思えないが、果たして本当に揺り籠の会が〝クレイドル〟と関係があるのか、甚だ疑問に感じる。
程よく冷めた珈琲を
✽
「クレイドルが関係してるって、どういうことですか?」
「ちょっとは落ち着けっての」
事務所で本条が口にした言葉に、思わず興奮して詰め寄った伊織の額に、強烈なデコピンが飛んできた。衝撃で首が仰け反るほどの痛みに涙を浮かべて抗議の視線を送るも、無視して机の引き出しから数枚の写真を取り出すと無言で差し出してきた。
「これは?」
「さっき話したクレイドルとの関係を示す唯一の証拠だ」
写真は何処かの山中で撮られたもので、木々の間から一台のトラックを写していた。捲っていくと、揃いの襟詰めシャツに袖を通した三人組が現れ、荷台に積まれた黒い袋をそれぞれ運んでいく様子が映し出されている。
「まさか、この袋の中にクレイドルが入ってるとでも?」
「写真を撮った奴が言うには、そうらしい。揺り籠の会の本部に潜入して、実際に見たと言うんだが携帯等の電子機器は持ち込み不可みたいでな、撮影するには使い捨てカメラが限界だったらしい」
「いや……これだけだと流石に無理がありますよ。動画であればまだしも、写真だとただの袋を運んでるだけに見えますし。その写真を撮られた方とお話はできないんですか?」
本条にしては随分と調べが甘いと思ったが、重々しい溜息を吐くと一言、「消えたんだ」と口にした。
「消えたって、何処にですか」
「知らん。俺が調べた限りでは、文字通り消えたとしか思えない。揺り籠の会に潜入してからしばらくして、事務所に写真が届けられたんだが今では音信不通さ」
「ちょっと待ってください。これは一宗教法人に対する取材の話ですよね? 裏組織と接触を図ってるわけでもないのに、何故人一人が消えるっていうんですか」
「確かに俺の勘違いで済めばいいが、消えたのは一人じゃないんだよ」
「一人じゃ済まないって、まさか……」
言ってる意味を理解した瞬間、血の気が引く音が耳元で聴こえた。真相を知ろうと潜り込んだ人間が姿を消す――これはもう事件性があるとしか思えない。
「いいか、斎藤」珍しく名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばして本条に身体を向けた。
「この話はどうもきな臭いうえに、手を出せば火傷では済まない気がする。今ここで断って貰っても一向に構わない。ただ、お前が普段の仕事とは別にクレイドルについて調べていることは知っていたからな。一応話を持ちかけただけだ」
「そうだったんですか。少し、考える時間をください。すぐにはお答えできそうにありませんし」
返答を渋ると、最初から予想していたのか本条は特に気にする様子でもなく「わかった」と答えて煙草に火を灯した。
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