第3話 その少年、デビューする

 結論から言うと、男の言っていることは嘘ではなかった。社員証をかざし颯爽と事務所に入って行く男を見ながら、俺は随分間抜けな顔をしていたことだろう。

「ここ、マジでツバサプロの事務所じゃん。テレビで見たことある」

 驚きのあまり敬語も忘れてそう呟くと、男は「だから言ったでしょう」と薄っすら笑みを浮かべた。

「私はツバサプロダクションでマネージャー兼スカウトマンをしている朝倉行人あさくらゆきとです。先ほど渡した名刺にも書いてあるとは思うのですが……」

「ごめん、詐欺師だと思ってたから全然見てなかった」

 素直にそう告げると、男――朝倉さんは、「ですよね」と笑う。

「疑われているのは分かっていましたし、別に構わないんですけども」

「それは申し訳ないと思ってるけど……。っていうか、疑われてるのが分かってたなら引き留めなきゃ良かったのに」

 ぽつりとそう呟くと、朝倉さんは「引き留めなきゃって思ったんですよ」と言った。

「貴方を見た瞬間、ビビッとくるものがあったんです。貴方ならきっと、日本一のアイドルになれるって」

 朝倉さんは、そんなことを平然と口にする。

「日本一?俺が?」

「ええ。これでも私、色んなアイドルを見てきましたから。目には自信があるんですよ」

「その目、腐ってるんじゃない?」

 だって、俺は別に特別な人間じゃない。人より背が小さいとか、声が高いとか、時々女に間違えられるような顔立ちをしているだとか、そういう‘‘変わっているところ‘‘はあるけれど。それでも、アイドルに求められるようなスキルを持っているわけではないのだ。

「俺、歌とか上手くないし」

「入所したらボイトレを受けてもらいます」

「ダンスとかしたこともないし」

「当然入所すればダンスのレッスンもありますよ」

「……それに、あんまり人に好かれるタイプじゃない」

 そう告げると、朝倉さんは「そうですか?」と首を傾げた。

「むしろ貴方は老若男女問わず人気が出るタイプだと思いますけどね」

「何を根拠に……」

「それは先ほども申し上げた通り長年の勘と言うしかないですが……。でも、私は自分の目を信じているので」

 そう言った朝倉さんの瞳は真っすぐだった。

 この人は不思議な人だ。俺は改めてそう思う。

「春原愛人」

「え?」

「俺の名前、春原愛人だから。いつまでも貴方呼びじゃおかしいでしょ」

 アイドルとか、日本一とか、正直そんなものに興味はない。けれど、今はただこの人の真っすぐな目を信じたいと思った。


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そのアイドルは愛をうたう 春瀬はなの @sakura_spring

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