第2話 その少年、スカウトを受ける

「君、アイドルとか興味ないですか?」

 そう声をかけられたとき、真っ先に頭に浮かんだのは「めんどくさいな」だった。世間知らずな中学生といえど、さすがにスカウトマンを装った詐欺が多いことくらいは知っている。人気のない事務所に連れて行かれ、「デビュー前のレッスン料としてこれくらいお金がかかるんだけど……」と言われるところまで想像し、俺は「間に合ってます」と言葉を返した。そして、そのまま目を合わせることなく脇を通り抜けていく。怪しげな宗教勧誘や逆ナンはこれで八割躱せるということを知っての行動だった。――予想外だったのは、男が残りの二割の人間だったということだろうか。

「っ……!待ってください、せめて名刺だけでも……!」

 驚くべきことに、男は俺の腕を掴んで強引に手のひらに名刺を押し付けた。

『ツバサプロダクション』と書かれているそれが本当なのだとしたら、この男は俺でも知っているような大手芸能事務所の人間ということになる。

 とはいえ、十中八九ツバサプロを騙った詐欺師だろう。現実主義の俺は早々にそう判断し、「大手を語るのはやめた方がいいんじゃないですか」と告げる。

「えっ、まさか私のこと詐欺師だと思ってます?」

「そんな大手じゃ逆に怪しくて誰も騙されませんよ」

「いや、だから詐欺じゃなくて……」

「そもそも俺の家そこまで金持ちじゃないんで」

 言いたいことをズケズケと言い放つと、男は「だから詐欺じゃないですってば!」と声を上げた。

「そこまで疑うなら今から事務所にお連れしてもいいですし」

「ついてったらいかついスーツ姿のおじさんに囲まれるやつ?」

「わが社はクリーンなので反社との繋がりはありません!」

 俺の言葉にいちいち反応を返してくる男は少し面白い。こんな風に俺とくだらない言葉の応酬をしてくれる人に出会うのは随分と久しぶりだった。――だからだろうか。どうせ詐欺だろう、と疑う気持ちは変わっていないのに、この人ともう少し話をしてみたい気分になってしまって。気づいたときには、俺は「で、事務所ってどこにあるんですか?」なんていう質問を口にしていた。

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