第59話

「いいか、トラフォード。よく聞くんだ。俺はもうすぐ死ぬ。だが、お前まで死ぬことはない。お前は、ここを出るんだ。この世界、地獄のような世界だが、なんでこうなっちまったのか。お前は、世界を知って、できるならちょっとは良くしてくれ。お前ならできる。」

最後の一言は大人が子供に言う、悪気はないが無責任とも思えなくもない励ましだった

「ここを出るからには、こいつを使え。航空眼鏡だ、目を守ってくれる。良いか、脳みそは食うんじゃないぞ。俺の莫迦が移る。肉は血抜きをしっかりして保存食にして出発しろ。やるべきことをやれ。」

航空眼鏡は、最後の作戦にでるとき、無理やり確保した備品だ

あのとき、使えるものはもうほとんど残ってなかった


もう少し、俺が賢かったら、こんな終わり方はしなくてよかったんだが

まあ、子供のためになるのも悪くない


首を括った父親を見て、トラフォードは茫然自失だった

ずいぶん経ってからトラフォードは動き出した

「やるべきことをやる。やるべきことをやる。やるべきことをやる…。」

自分自身を奮い立たせる

父親の言ったことを忘れてはいなかった

小刀を持って血抜きを始める

「どうしてこんなことに、なんでなんだ。自分はいったい。」

作業をするも独り言はやまない



カンプはミュルクヴィズで実施されている子供たちの学校を観ていた

この季節になると、カンプはここを訪れる

「虎は死んで皮を残す。人は死んで名を遺す。奴は死んで子を残すか…。」

「それなんの話、カンプ。」

「マキシか。子供はすぐに大きくなるな。」

「ほんとにそうよねえ。」

マクシミールは相変わらずだ

「イドゥナ先生。」

「はいニャ、君は誰かニャ。」

「先生の言葉は聴き取り難いです。語尾がニャまってます。」

「はーい。言葉が聞き取れない、じゃなくて。聴き取るように努力しなさい。そんな小さなことには拘らないのよ。違いがあるのが当たり前。解る?小さいことは気にしない、大きな人になってね。」

「「「わかりましたー!」」」

「リュイス先生、ありがとニャ。」


「あのイドゥナが先生とはな。」

「人は変わるものよ。」

「マクシミールも変わったのか。」

「どうかしら。あなたは。」

「さあ、どうかな。」



パブロペトリの海中都市でその実験は極秘裏に行われていた

「ホーソンさん、ごらんのとおりです。」

「そうか、報告の通りだな。」

「ええ、まさか本当とは。」

「獣人やエルフだけかと思ったが、我々竜人にとっても同様の結果をもたらすとは。」

「まあ、ところどころ鱗が残ってますけど。」

「そんなのは些細なことだ。エルフは耳が丸くなった子が、しかも男か女か、片方だけで生まれたという報告を聞いて驚愕したよ。」

「獣人は、事例が3人しかありませんが。」

「3人もあれば十分だろう。獣人の特徴が何一つ無かったらしいじゃないか。」

「そうですよね。…鱗以外はもう古代の人間ですよね。この子達。」

「卵を産むかどうかは今後の研究によるが。」

「やはり、学校には参加させるのですか。」

「もちろんだ、新しい人類の誕生だ。全員で分かち合おうじゃないか。」

「ですよね。そうすると、あの下半身の存在が公になりますけど。」

「まあ、それも公表しよう。あれだけ子供が増えたんだ。いまさらエルフも独占したいとか言うこともないだろう。」



「カンプさん。」

「レナーレ先生じゃないか。」

「先生は止めてくださいよ。」

「じゃあレナーレ船長だな。」

「もう、船長は引退したんですよ。」

「そうか。めでたいな。今夜いっぱいやるか?」

「はい、よろこんで。」

「じゃあ、ボッビズでな。」

「賭博酒場でなくていいんですか。」

「賭博はだめだ。人生によくねえ。あれは人を狂わす。」

「そうですか、みんなも誘いますか。」

「ああ、当然だ。今夜は美味い酒が飲めるな。」

「いつもうまい酒を飲んでるでしょ。」

「そうだな。でも今夜は特別だ。」

「そうですね。」

…その日は2月6日だった。


ボッビスで話が盛り上がる

「ニャあニャあ、ボンボネーラじゃ失敗と成功を繰り返す奇想天外な冒険者と伝えられてるニャ。」

「まあ、グディソン編集の教科書より面白いんじゃない」

「最初に届いた報告書はもっと酷かったわよ。過去の辛い経験か何かで、記憶の捏造がみられる。人格に乖離の傾向がある。って、わたしのかれ。」

「英雄殿にしては扱いが雑ですな。パブロペトリではマウリティアに緑をもたらした英雄ですよ。」

「あら、こっちじゃ酒に酔って誰彼構わずやっちゃった残念な性豪よ。意識と下半身は乖離してたわね。」

「そりゃひでえな。」

「私の彼にそんな事言うなんて。アガルタじゃあどうなの。」

「アガルタじゃあ、俺とサンティぐらいしか知らねえからな。」

「じゃあ、あなたの知ってる彼は?」

「俺が知っているやつは、なげー話だ。聞くか。」

そう言って酒を飲む

「ほんとに聞くか。」

また酒を飲む

「俺が知っている。奴は…。」

カンプは知っている



トラフォードは父親の遺品で使えなくなったものと父親だったものを、穴を掘って埋めた

目印に岩を3個置く

「自分は、こんなことが起きないように、世界を知って、良くする。」

なぜか涙が出て来た

「もっと賢くなって、強くなる。そして、優しくなる。」

涙を拭いて、表情が硬くなる

「なぜ自分が解らないけど、いつか、ここに戻ってくる。」

航空眼鏡を付けると雪舟をひいて出発する

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

鳥人の自分は世界に何を見るか 池村十三一六 @RedSeaR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ