#7 雑居ビル・オブ・テラー

7-1 イレギュラーな日

 大小さまざまな草かきくわに高枝切りバサミ。カラーバリエーション豊富なスプレー塗料に、柄も素材もいろいろある壁のクロス材。

 市内にある大きなホームセンターにて、私は途方に暮れていた。

 何を探しているのか、何なら使えるのか、分からないまま来店したのだ。

 目的は何かというと、有瀬ありせくんの力を補助する道具である。


 先日、樹神こだまさんから有瀬くんの能力について、アドバイスをもらった。


『彼は何かに特化した異能者というより、霊的なものに対する親和性が驚くほど高いタイプだろう。自分の気で霊体を物理攻撃できるほどのポテンシャルがあるなら、コントロール次第で何でもできるようになるんじゃないの』


 ただし、こうも言われた。


『無意識のうちにやってることを意識するのは、慣れるまで難しいだろうね』


 先日のギターの弾き語りは呼吸とも相まって上手くいったが、場所を選ぶ。

 感覚さえ掴むことができれば、それ以外のものでも力を発揮できるようになるはずだ。


『道具を媒体とするなら、彼自身が日常で馴染みのあるものの方がいい。気をコントロールする感覚もイメージしやすいはずだ』


 有瀬くんに馴染みのある道具というと、やはり調理器具だろうか。私はキッチンコーナーへと赴く。

 電気ポットやトースターのある通路を行き過ぎ、包丁やらまな板の並ぶ棚の前に立つ。

 刃物は武器になるイメージがあるけど、彼はそれで霊を傷付けることを嫌がる気がした。

 鍋もいろんな種類が置いてある。しかしこれをどう活用すればいいのか分からない。

 昔の少年漫画で大魔王を封じ込めたのは炊飯器だったか。

 フライパンなら打撃にも使えそうだけど、どうだろう。

 というか、基本的なものは有瀬くんが既に持っている。馴染みというなら、自分のものを使った方がいいのかもしれない。


 少し考え方を変えてみよう。

 除霊に特化せずとも、業務に付随して発生し得る作業に使うものを揃えておくのはどうか。電気工事士などの資格を取ってもらうとか。後々役立つこともあるかもしれない。

 などと完全に迷走して、電気ドリルのコーナーを物色していた時だった。


無量むりょうさん」


 背後から名を呼ばれた。

 振り返れば、眼鏡の男性が立っている。紺色カーディガンに茶系のチノパンで、三十代くらいの。

 誰。


「奇遇ですね。お買い物ですか」


 抑揚のない喋り方と、眼鏡のブリッジを押し上げる仕草でようやくピンと来た。

 大黒だいこくジュニアだ。いつもと違って前髪を下ろしているので、ぜんぜん分からなかった。


「大黒さん……こんにちは。ちょっと業務に使えそうなものを探していまして」

「そうですか、私も似たようなところです」


 なるほど確かに、彼の手にした買い物カゴにはいくつかの工具と乾電池のパックが入っている。


 ところで、会う予定のない人に不意打ちで出くわすと頭が真っ白になるのは、私だけだろうか。

 いつもならば完全に仕事仕様の服装と心持ちで顔を合わせる相手。

 今日の私はオーバーサイズの白っぽいパーカーに黒のジョガーパンツという、だいぶ緩めの普段着である。

 全く想定もしていなかった。特にこの人と気軽な世間話など、何一つ手持ちの札がない状態だ。


「無量さん、いつもと少し雰囲気が違いますね」

「ええ、まあ……大黒さんは、今日はお休みですか?」

「水曜定休ですので」

「そう言えばそうですね」


 会話終了。

 いやどうするの、この空気。

 こういう時、有瀬くんみたいなコミュ力おばけなら難なく対応できるのだろうけど。

 ここはもう、適当な挨拶で場を切り上げるしかない。


 じゃあ私はこの辺で……と言うつもりで口を開きかけると、なんと先手を取られた。


「無量さん、今日はこの後お時間ありますか」

「えっ?」


 嘘でしょ。


 大黒ジュニアはどことなく言いづらそうに続ける。


「今この場でついでのようにお伝えして申し訳ないのですが……実はまた一件お願いしたい案件が入りまして」

「ああ、そうなんですね。大丈夫です」


 良かった。心底良かった。仕事の話なら大歓迎だ。

 後ほど大黒不動産を訪れる約束をして、その場は解散した。



 結局ホームセンターでは、足りなくなっていたウェットシートや洗剤を買っただけだった。

 一旦帰宅して荷物を下ろしてから、大黒不動産へと向かう。

 仕事着ツナギに着替えようかと思わなくもなかったが、先ほど会っているので逆におかしい気がして、普段着のままだ。


 『本日定休日』という札のかかったガラスの観音扉。

 私の到着に気付いた大黒ジュニアが、内側から鍵を開けてくれる。やはり彼もホームセンターで会った時と同じ服装だ。


「無量さん、わざわざすみません」

「いえ。大黒さんこそ、お休みの日なのに」

「私は自宅がすぐ近くですし、定休日でも雑務がありますので」


 一階に不動産屋の店舗のあるこの雑居ビルは、大黒不動産自身の持ち物だ。他に個人事務所やネイルサロンなどのテナントがいくつか入っており、居住スペースもある。

 大家業もあるとなると、なんだかんだで休みも潰れるのだろう。


 さすがの定休日。他のスタッフもいないため、パソコンの操作音すらしない。やたらと静かで、若干の気まずさを感じる。

 とはいえ、私たちはいつものようにスチール机のカウンターを挟んで対面で座った。


「早速ですが、今回依頼したいのはこちらの物件です」


 いつもと同じタブレットの画面が私の方へ向けられる。

 そこに載った情報を見て、私は軽く首を傾げた。


「お店?」

「ええ、貸店舗です。ちょうどこのビルと同じように、テナントや住居用の部屋がいくつか入っている雑居ビルの一室になります」

「この住所だと、隣の県に入ってすぐの辺りですね。割と行きやすい場所で良かった。今回はどんな曰く付きの物件ですか?」

「一年ほど前にローカルニュースにもなった事件の現場なのですが、実はいろいろ問題がありまして」

「問題とは?」

「騒音や建物設備の不具合などの不可思議な現象が、該当の部屋のみならず共用部分にも及んでいるのです。具体的には——」


 事件の概要に加えて、不可解な現象の例が淡々と挙げられていく。


「なるほど、きちんと原因を見極める必要がありますね。準備ができ次第、現場入りします」

「助かります。これが今回の物件の鍵です。地図や間取り、事案の詳細などはこちらの封筒に纏めてあります。情報の取り扱いには十分ご注意ください」

「承知しました」 


 デスクに置かれた鍵と茶封筒を受け取る。


「また作業開始の日程が決まりましたら、ご連絡します」

「ええ。では、今回もつつがなくお願いします」

「承知しました」


 荷物を持って、店を去ろうとした時だった。


「どうかお気を付けて」


 ジュニアが。あの大黒ジュニアが。

 ほんのわずか、ごくわずかだが、微笑んでいるではないか。


「えっ……あ、はい。ありがとうございます」


 びっくりした。「気を付けて」なんて、今までジュニアの口から聞いたことがなかった。

 無駄な会話はほぼなく、相変わらず滞在時間も五分程度ではあったけど。

 今日は槍でも降るのではないだろうかと、フロントガラスの向こうに広がる快晴の秋空を見上げながら、私は失礼なことを考えていた。



 いろいろ調子が狂ったものの、いつも通りに帰宅してから有瀬くんへ予定を伺うLIMEメッセージを送る。

 瞬時に既読が付いたものの、いつもと違ってなかなか返信が来ない。

 スマホがメッセージの受信を知らせたのは、三十分後だった。


【★あんご★】にちかさん、この前はごめんなさい

【★あんご★】酔ってたとはいえ、あの感じはダメだったと思います

【★あんご★】ご迷惑をおかけしました


 土下座するウサギのスタンプが一つ。

 思わず拍子抜けする。


【★あんご★】予定は、明後日からなら大丈夫です

【★あんご★】今回もがんばります!よろしくお願いします!すいませんでした!!


 土下座する犬のスタンプ。

 加えて、土下座する大仏のスタンプ。

 そして、スライディング土下座するサラリーマンのスタンプ。


「いや土下座スタンプのバリエーション」


 調子が狂い通しである。本当に槍が降るかもしれない。

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