6-8 オーバーキル

 『蒼天そうてんテトラ』が活動休止に至った理由は、まとめ記事にあった通りだ。


『SNSで変な言いがかりを付けられたり、悪意のあるコメントを書かれたりしました。僕、ネガティブキャラって設定でやってたんですけど、それが鼻に付いたみたいですね』


 事務所主催のゲーム大会で好成績を上げたにも関わらず、過度に謙遜したことにより、一部の視聴者から不興を買ったらしい。


『僕自身だけじゃなくて、僕と仲の良かったVtuber仲間に対しての攻撃もありました。『ヤラセじゃないか』とかね。そのことをSNSで注意喚起したら、今度は『調子に乗ってる』って、火に油で。……逆に過干渉してくるファンもいて、僕のちょっとした発言まで事細かに口出しされたりとかもありました』

「ファンの粘着もあったんだ」

『そうですね……それがだいぶキツくて。どれだけ注意しても、『テトラのために言ってやってる』みたいな空気出してくるんですよ』

「あー……それはキツいね」


 次第に心身の調子を崩して、配信どころではなくなってしまったそうだ。


『もう、顔の見えない人間関係に疲れちゃって。いつの間にか日常生活もマトモに送れなくなってました。風呂もメシもダルくて。復帰のこととか全然考えられなくて、卒業を選びました。事務所ともオンラインでしか繋がってなかったんで、それっきりです。もう『蒼天テトラ』は終わったんだって、僕の中でも気持ちの整理は一応付いてました』


 だけど、とテトラさんは続ける。


『ロクにやらなくなってた『フェイトナイト』に僕がインしてるって呟きを見かけて、なりすましに気付いたんです。僕とそっくりのガワとIDでずいぶんエグいことしてて、びっくりしました』


 タッグを組んだ相手への攻撃や強奪、無意味な死体蹴り、破壊行為やチャットでの粗暴な発言など、それまでの『蒼天テトラ』のイメージを覆す振る舞いばかりだったという。


「誰がそんなことを」

『さあ……僕もいろいろあったんで、誰に恨まれてても不思議じゃないです』


 蒼天テトラのとばっちりで中傷を受けて露出が減ったVtuber仲間がいた。そのファンも怒っているだろうと、彼は肩を落とした。


『運営になりすましの報告をしようとしたんですけど、そのタイミングで変な風邪引いて、病院にも行けないままぶっ倒れて、何もできずにそのまま……』


 流行りの感染症だったのかもしれない。リアルの繋がりが希薄な一人暮らしでは、ちょっとした体調不良も命取りだ。


『気付いたら僕の魂は、この世とオンラインの間にいました。あれは僕じゃないって、みんなに言いたかった。過去の配信は要望もあって人気のあるものだけ残してたんで、それに注意喚起のアフレコをしようとしてたんですけど……自分の部屋の中のものにアクセスするのが精一杯でした』


 それがこの部屋で起きていた、電子機器に干渉する心霊現象の正体だったようだ。

 私が幻影で視た動画は、彼が奮闘した証だったらしい。


「なりすましって、他の人が見ておかしいって気付かないもんかな?」

「本物がなりすましのことを注意喚起しない限り、分かりづらいかもね」


 ゲーム画面上のぱっと見の印象で騙される人は案外多いだろう。

 そして、悪い風評は簡単に拡散される。


「ん? じゃあ、偽物に盗られたアイテムが元に戻ってたのは?」

『なりすまし犯が他のプレイヤーに迷惑かけるのだけは、どうにかしたかったんです。直接止めるのは無理だったんで、せめてあいつが他の人から奪ったものを元に戻す活動をしてました。ゲーム上なら多少の自由は効いたんで』

「なるほど」


 奇しくも、偽物と本物の連携によって都市伝説感が増していたようだ。

 それゆえSNS等でたびたび話題になり、『蒼天テトラ』の悪業が衆目に晒される機会も増えてしまった。名を貶めたい偽物にとっては、逆に好都合だっただろう。


 『フェイトナイト』の運営会社は海外で、迷惑行為の通報があってもアカウント停止になりにくい。

 また他プレイヤーを叩きのめすバトルゲームは、ストレスの捌け口にもなる。

 なりすまし犯がこのゲームを選んだ理由は、その辺りかもしれない。


「悪いことって、楽しいんだよね。他人の皮を被ってやれるなら、自分は無傷のままで好き放題できる」

「あー……死体蹴りとか、わざわざ匿名表示にしてやる人いるって聞きました」

「しかもそれが話題になれば、自己顕示欲だって満たせる。一石二鳥どころか三鳥だ」

「何すかね、そんなに恨みのある人の犯行?」

「逆に可愛さ余って、みたいなことも考えられる。でも例えどんな理由があっても、やっちゃいけないレベルのことだよね」


 テトラさんは俯き、唇を噛んだ。


『……僕のことが気に入らないなら、僕だけを攻撃すればいいのに』

「何にしても、なりすましをやめさせたいよね」

『そうですね……僕の、『蒼天テトラ』の名前でおかしなことをされ続けたんじゃ、死んでも死にきれません』


 つまり、それが彼の未練だ。


「分かった、何とかしよう」

「えっ弐千佳にちかさん、どうやって?」

「私に考えがある」



 かくして。


コウ


 本日三度目の術を行使する。

 私は『★あんご★』の女アサシンのガワを借り、それに意識を宿して、再び『フェイトナイト』の世界へとダイブした。

 先ほどは生身で行ったために不安定だったが、今回はこの世界に属する依代があるので安定感があり、御しやすい。


 目の前に広がる虚構の大地。

 パノラマの視界の中に、青い髪の騎士がいる。


 私はクナイを手に、射程距離ギリギリに偽テトラを捉えた状態で物陰に身を隠した。

 アサシンのスキンは隠密能力が高いらしい。有瀬くんがこのキャラを作ってくれて助かった。ちょっと乳がばいんばいんして身動きには邪魔だけど。


 偽物は、ちょうど他のプレイヤーたちにちょっかいをかけ始めたところだった。

 奴がこちらに背中を向ける。すかさず私はクナイを投擲する。隼のごとく飛んだそれは、見事相手にヒットする。

 物理ダメージ自体は微々たるもの。だが、ドス黒いモヤがたちまち彼の身体アバターを覆い尽くす。


 ——何だこれ!


 偽物がメッセージを発する。

 モヤの正体は、テトラさんが溜め込んでいた負の念だ。私がその全てを引き受けて、先ほどのクナイに凝縮して乗せた。凄まじく特濃の状態で。

 ようやくこちらに気付いた騎士が、踵を返して突進してくる。


 ——お前か!


 私はそれを正面から迎え撃つ。距離は十分だ。


 ——臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!


 高速の九字切り。

 私の魂を宿した女アサシンが、テトラさんの念を織り交ぜた気を正の力へ変換し、増幅させ、膨大なエネルギーと共に解き放つ。

 視界を灼く激しい爆発のエフェクト。青髪の騎士の頭上に出る『OVERKILL』の文字。


 ——どう? 一撃でられる気分は。『蒼天テトラ』の偽物さん。


 私のセリフを確認したかどうかも分からぬうち、相手は一言も発することなくフィールド上から消え去った。ログアウトしたらしい。

 残ったのは、奴に襲われていたプレイヤーたちだけだ。


 ——偽物? あいつ偽物なの?

 ——なんかおかしいと思ってたけどね。

 ——え、てことは、なりすましなん?


 ギャラリーがざわめく中で。


 ——任務完了。


 無事に目的を果たした私は、意識を自分のうつし身へと戻した。


 三たび、過去の幻影の防音室。

 一瞬ふらついたところを、有瀬くんに支えられる。


「おっと、だいじょぶ?」

「ごめん、ありがとう」


 私もゲームをログアウトし、Switchoを有瀬くんに返す。


「つーか弐千佳さんチートすぎじゃね? しかも何あのドSキャラ! 好きです」

「自分の身体さえテリトリー内にあれば、だいたい思い通りのことができるんだよ」

「で、何がどうなったの?」

「なりすましのせいでテトラさんが抱えてた負の念を、相手に返しただけ。画面の向こう側まで届くように」

「うぇー、そんなこともできるんだ」

「人から人へと念を媒介する手段は、昔からいくつかある。呪いの手紙とか呪いのビデオみたいにね。今回はオンラインゲームを使ったってわけ」

「あーなるほど、貞子もテレビから出てくるもんね!」

「貞子……まぁ」


 テトラさん本人がもうこの世にいないため、法的手段を取ることはできない。

 唯一、直接的に報いを与える方法がこれだった。


「本当は誰が何のために名を騙ってるのかまで突き止められたら良かったんだけど」

『いえ、暴いたところで今さら何かできるわけでもないですし。なりすましさえやめてくれたら、僕はそれで……』


 しかしテトラさんの表情は晴れない。


『あの、結局のところ、具体的にはどうなるんですか? 相手の人、やめてくれますかね?』

「今ごろ相手は特濃の念に苛まれてるころだと思う。しばらくはリアルでもマトモに動けないだろうよ。他のプレイヤーからも恨みを買ってるなら、念が念を引き付けて相応の報いを受けるはず。因果応報だ」


 そこまで言って、私は息をついた。

 先ほどからものすごい虚脱感がある。高揚していた気分も、徐々に落ち着きを取り戻していた。


「……ごめん、このくらいのことしかできなくて」

『い、いえ……あの、こんな状態の僕に気付いてもらえたってだけで嬉しかったですし、無量むりょうさんが念を根こそぎ持っていってくれたおかげで、ずいぶん気持ちが軽くなりました。ありがとうございます』


 テトラさんは、どこか自嘲気味に笑った。


『僕、ずっとなりすましへの怒りで動いてたんですけど……なんか今、空っぽみたいで。あいつがいなくなったところで、僕の作った『蒼天テトラ』が戻ってくるわけじゃないんですよね』


 傷付けられた名は、元には戻らない。

 時間とともに風化していくものではあるかもしれないけど。


『どうしてこんなことになっちゃったんだろう。僕はただゲーム実況を楽しんでもらいたかっただけなのに』


 彼の言った通り、負の念を明け渡した魂は空っぽに近い。弱々しくて、今にも消え入りそうなほど。

 きっとこのまま、輪廻の流れに溶けていってしまうだろう。

 物件は浄化され、事案も解決だ。


 だけど。

 救えなかった、と思う。

 後味の悪い案件になるな、とも。

 以前はこんなことになっても、淡々と処理するだけだったのに。

 胸の奥に、鈍い痛みを覚える。


「あのっ!」


 そこへ割り込んでくる声が一つ。


「テトラさん、一個お願いがあるんすけど……!」


 有瀬くんの手には、Switchoがあった。

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